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2021.1.2

【大人の教養・日本美術の時間】都会の美術館探訪 vol. 9 太田記念美術館

葛飾応為「 吉原格子先之図 よしわらこうしさきのず
紙本著色一幅 文政~安政(1818~1860年)頃
(太田記念美術館)

都会には、隠れ家のような美術館が点在しています。それは、慌ただしい日常から私たちを解き放ってくれるオアシスのような存在。

美術館の歴史は、美術を愛した人たちの歴史です。代々守り伝えた家宝、あるいはビジネスの傍ら私財を投じて集めた名宝を公開することで、芸術の恵みを広く分かち合おうとした人々。シリーズ「都会の美術館探訪」では、彼らの豊かな人生と美術館をご紹介します。

アートが深く根差した社会は豊かです。日本のビジネスパーソンに美術愛好家がもっと増えることを願って――。

若者の街で出会う世界的浮世絵コレクション

東京の原宿駅から徒歩5分。 若者でにぎわう竹下通りと表参道に挟まれた閑静な一角に、太田記念美術館はあります。東邦生命の社長を務めた五代太田清蔵せいぞうの浮世絵コレクションを保存・公開するため、昭和55年(1980年)に設立されました。

外観(太田記念美術館提供)

所蔵作品は現在、約1万4000点にのぼり、浮世絵の個人コレクションとしては世界有数の規模を誇ります。

喜多川歌麿の美人画、東洲斎写楽の役者絵、葛飾北斎の「冨嶽三十六景」、歌川広重の「名所江戸百景」といった、誰もが知る浮世絵師の代表作を網羅。近年注目が高まる、北斎の娘・応為おういの代表作も所蔵しています。また、鈴木春信の「風流うたひ八景」八枚揃はちまいぞろい、喜多川歌麿の「五人美人愛敬競」五枚揃、歌川広重の「江戸近郊八景之内」八枚揃といったシリーズ物が全点そろうのも世界的に珍しく、浮世絵版画のみならず、肉筆浮世絵(手描きの一点もの)の名品でも知られます。

歌川広重「名所江戸百景 浅草田甫酉たんぼとり町詣まちもうで
大判錦絵 安政4年(1857)11月
(太田記念美術館)
葛飾北斎「雨中の虎」
紙本著色一幅 嘉永2年(1849年)
(太田記念美術館)
かつて画家の夢を抱いた実業家

五代太田清蔵は明治26年(1893年)、福岡・博多の実業家、四代太田清蔵の長男として生まれました。東京帝国大学経済学部を卒業して三井銀行に勤めたのち、徴兵保険(のちの第一徴兵保険)の取締役に就任。昭和11年(1936年)、43歳の時に、父の後を継いで社長に就任しました。

第2次世界大戦後、軍隊が解体されたことで徴兵保険の事業は存亡の危機に立たされましたが、その後、生命保険を軸として経営を立て直しました。新日本生命保険、東邦生命保険と社名を変更しながら、事業を発展させたのです。

五代清蔵は、幼い頃から美術や文学に親しみ、中学時代には絵画同好会に所属。同期で親友の児島善三郎、後輩の中村研一、すでに卒業していた和田三造など、のちに洋画家として羽ばたく友人に囲まれ、自らも画家を志しました。しかし、父の反対を受けて断念。実業の道に進んでもなお、美への憧れは消えませんでした。

五代太田清蔵 (鮫島圭代筆)

大学時代、浮世絵に関心を持ち始め、画商に出入りするようになったといいます。収集熱が本格化したのは、20代後半に新婚旅行で約1年間、欧米諸国を旅した時のこと。欧米の美術館で日本の浮世絵が高く評価され、西洋絵画に大きな影響を与えてきたことを目の当たりにしたのです。

五代清蔵はその思い出をこう語っています。

「若いころ外遊していた時分です。ある湖畔の美術館に入りました。ところが、日本の花鳥画ばかり集められた一室があり、それをみているうちに何やら故国に帰ってきたような気持になりました。それは葛飾北斎の花鳥画を展観していたシカゴ美術館でした。」

帰国後、浮世絵収集にさらなる情熱を注ぎ、一点 一点吟味しながら買い集めました。浮世絵の研究者との親交を通して知識を深め、審美眼を磨いたといいます。ときにボーナスの全額をつぎ込むほどの熱狂ぶりを父にたしなめられましたが、頑として応じなかったとか。

そのコレクションは質量とも日本有数とうわさされましたが、その全貌ぜんぼうは家族にさえも秘密にし、あくまで個人の趣味として愛蔵しました。自らが社長を務めた博多大丸デパートで開催した展覧会をのぞき、ほとんど公開しなかったのです。

戦時下には、コレクションの大部分を松本(長野県)に疎開させましたが、一部手元に残した作品が東京大空襲で、家屋と共に焼失。そうした経験を経ても、浮世絵への愛情は衰えることなく、昭和32年(1957年)には、米国の美術収集家ハリー・パッカード所蔵の貴重な版画コレクション200点以上を購入しました。浮世絵の海外流出を防ぐため、当時としては大変高額の2500万円で一括購入したのです。

昭和52年(1977年)、五代清蔵は肺炎のため、83歳で逝去。残された家族は、その浮世絵コレクションを公開して、広く日本の美術振興に役立てることを決意します。同年11月、銀座の東邦生命旧本社ビル7階で「太田記念美術館開館名品展」を開催したのを手始めに、約2年間、ほぼ毎月展覧会を行い、ついに昭和55年(1980年)1月、現在の地に美術館を正式にオープンしました。

常に新しい浮世絵の楽しみ方を提案

太田記念美術館では、さまざまな切り口で浮世絵の名品を紹介しています。人気絵師の特集展示はもちろん、遊び心たっぷりの企画も多数。過去の展覧会タイトルを挙げれば、「異世界への誘い ―妖怪・霊界・異国」、「江戸の凸凹 ―高低差を歩く」、「花魁おいらんファッション」、「浮世絵動物園」など。今後も、どんなテーマで浮世絵の魅力を再発見させてくれるのか、楽しみですね。

学芸員による公式Twitterでの、浮世絵作品の投稿も人気です。コロナ禍の臨時休館中には「#おうちで浮世絵」のハッシュタグで大きな反響を呼びました。

※太田記念美術館では1月28日まで、特別展「和装男子 ―江戸の粋と色気」(開催概要⇩)が開催されています。贅沢ぜいたくな身なりを禁じる法令が度々出された江戸時代、人々は地味な色や柄をセンス良く組み合わせてファッションを楽しみました。遊郭で遊ぶ「通人つうじん」は、渋くて知的なスタイル。職人や火消しは、手ぬぐいや半纏はんてんに趣向を凝らした装い。人気の歌舞伎役者の着こなしは、ちまたで大流行し、物語の登場人物は、現代のアニメ・キャラクターに劣らぬ奇抜な姿に描かれました。そんな江戸の男性ファッションに焦点を絞ったユニークな展覧会です。

「和装男子 ―江戸の粋と色気」 展ポスター
鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

開催概要

日程

2021.1.6〜2021.1.28

「和装男子 ―江戸の粋と色気」

会場

太田記念美術館

東京都渋谷区
神宮前1-10-10

料金

一般:800円
大学・高校生:600円
中学生以下:無料

※中学生以上の学生は学生証を提示
※当面の間、団体(10人以上)での入館は不可
※障害者手帳提示者と付き添い人1人は100円引き

休館日

会期中の1月12日(火)、18日(月)、25日(月)

開館時間

10:30 a.m.~5:00 p.m.
(入館は 4:30 p.m. まで)

※緊急事態宣言を受け、開館時間を短縮しています

お問い合わせ

Tel. 050-5541-8600
(ハローダイヤル)

美術館からのお知らせ:新型コロナウイルス感染拡大防止対策のため、予告なく予定を変更することがあります。来館前に公式ウェブサイトやハローダイヤルにて最新情報をご確認ください。

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