2021.8.24
「伽藍神立像」
「わたしの偏愛美術手帳」では、各地の美術館の学芸員さんたちに、とびきり好きな「推し」の日本美術をうかがいます。美術館の楽しみ方といった、興味深いお話が盛りだくさん。このシリーズを通じて、ぜひ日本美術の面白さを再発見してください!
今回お話をうかがったのは、奈良国立博物館の岩井共二・美術室長です。紹介してくださるのは「伽藍神立像」(奈良国立博物館)。一見、かわいらしいこのお像。岩井さんの解説で、その意外なキャラクターが解き明かされます。
この像は明治時代まで、鹿児島県の禅宗のお寺にあったようです。それまで、どこに祀られていたのかはわかりませんが、のちに個人の所有となり、大正8年(1919年)頃に売りに出されました。そのときのオークションカタログには「運慶作 走り大黒天」と記されています。烏帽子をかぶり、袍と袴を着る姿は、たしかに大黒さんのようですね。そのため、トレードマークの袋も持たずに走りまわる大黒さんとして親しまれたのです。激しい動きを表す仏像ということで「運慶作」とされたのかもしれません。その後はいくつかの所蔵先を経て、奈良国立博物館(奈良博)の所蔵になりました。
今から10年ほど前、文化庁文化財調査官の奥健夫先生の調査研究によって、これと似たお像が、臨済宗の禅寺、東福寺(京都)に伝わり、寺院を守護する「伽藍神像」のひとつとして、「感応使者」、あるいは「監斎使者」と呼ばれてきたことがわかりました。また、曹洞宗の禅寺、永平寺(福井県)にも、この像とよく似た監斎使者の像が伝来しています。こうしたお像は、主に禅宗で、伽藍(寺院の建物)の神様として祀られてきたのです。
奈良博のこの像では、持ち物が失われていますが、監斎使者は本来、ただ走り回っているわけではなく、片手に釘、もう一方の手に木槌を持つお姿です。お寺の中で、修行を真面目にやらない人を見つけると、その人の頭に木槌で釘を打ちつけて懲らしめようと、走りまわる姿なのです。
監斎使者は、もとはおそらく、道教のお寺を守る神様でした。中国から日本へと伝わったのだと思いますが、どのような流れで伝来したのかはよくわかっていません。鎌倉時代頃に禅宗に取り入れられたようです。この像も鎌倉時代の制作です。
監斎使者は、韓国では、冥土の使者、あの世からの使者として仏画などに描かれています。韓国語で読むと「チョスンサジャ」となり、最近、人気の韓国ドラマ「トッケビ〜君がくれた愛しい日々〜」に登場するそうです。ドラマの日本語版では「死神」と訳されています。
つまり、かつては「走り大黒」と呼ばれ、あどけない顔立ちで、楽しそうな福の神だと思っていたら、実はこわ~い死神だったというわけです(笑)。
ところで、この走り方を見て、面白いことに気づきませんか? 右手と右足が前に出ているのです。このように同じ側の手足を出す動きを、「ナンバ走り」といいます。このため「この像は、昔の日本人の走り方を表している」と言われることもありますが、それは違うと思います。
決してナンバ走りの存在を否定はしません。しかし、彫刻や絵画は、実際の形をそのまま再現しているわけでもありません。例えば、ウマやシカが走っている絵では、同じ側の前脚と後ろ脚がそろって出ているように描かれることが多いですよね。でも、奈良博周辺で実際に走るシカを観察すると、前脚はそろっていません。同様にこの仏像も、当時の人が実際にこういうふうに走っていた、ということではないと思います。もし、この像の手足が逆に出ていたら、体が一方向に開かないため、彫刻としてここまで見栄えがしなくなると思います。実際にこういう走り方をしたかどうかは問題ではなく、今風に言えば、「映える」かどうかなのです。
-この伽藍神像は、特別展「奈良博三昧-至高の仏教美術コレクション-」(2021年7月17日~9月12日)で見ることができるのですね。
ええ。この展覧会では、奈良博が所蔵するコレクションだけが展示されています。にもかかわらず、国宝13件、重文100件をはじめ、国宝級、重要文化財級の文化財が数多く並び、非常に高いクオリティーです。これは、当館が優れた文化財を後世に残すために収集を続けてきた成果でもあります。
-展覧会ポスターは、従来の仏像展のイメージとは違う、アメコミ風のかわいいデザインですね。
実は今、仏像受難の時代になってきたのです。地方のお寺は維持が苦しく厳しく、寺宝の盗難も増えてきて、文化財を維持するのが大変な時代です。そうしたなか、博物館・美術館は、多くの人に後世に伝えるべき文化財の価値と魅力を伝えるために、さまざまな試みを行っています。今回は、当館の主軸である仏教美術に親しんでもらいたいという思いから、目を引く「攻めた」ポスターになりました。
本展には、奈良博の公式キャラクター「ざんまいず」も登場しています。ざんまいずは、当館の研究員が、所蔵品の彫刻や埴輪はにわなどにあしらわれた動物をモチーフにデザインしたもので、モデルとした仏像などに沿うキャラ設定になっています。
-奈良博三昧展では、伽藍神像はもちろん、ざんまいずのモデルになった仏像を探すのも楽しいですね。
博物館にいらっしゃるときに、「勉強しなきゃ」と思うと、面白くなくなってしまうと思います。「何があるんだろう」というぐらいの軽い気持ちでご覧いただきたいですね。いろいろな姿かたちの仏さまがたくさんいらっしゃいますので、そのなかに興味をひかれるものが必ずあると思います。
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岩井さんは、これまで奈良博のPR活動にも尽力され、YouTubeの公式「ならはくチャンネル」にも登場されています。そんな岩井さんは、仏像の衣装を着る「仏像コスプレ」でも話題! 次回は、仏像コスプレをするようになった経緯や発見、仏像鑑賞のポイントなどをうかがいます。
【岩井共二(いわい・ともじ)】1968年、愛知県生まれ。名古屋大学大学院文学研究科博士後期課程中退。94年より18年間、山口県立美術館に勤務し、数々の企画展を担当するかたわら、仏像コスプレのワークショップで着付け指導を行うなど、学術的な切り口以外からも仏像への関心を高める活動に携わる。2012年より奈良国立博物館に移り、「なら仏像館」のリニューアル業務(16年4月完了)に従事。学芸部情報サービス室長(彫刻担当)として、公式Twitter運営やテレビ出演など、博物館のPR活動にも精力的に取り組んだ。現在、学芸部美術室長。専門は仏教彫刻史。仏像の着衣形式などを通して、東アジアの仏像の形の分析を試みている。
プロフィール
美術ライター、翻訳家、水墨画家
鮫島圭代
学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/
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