美しい紅葉の季節を迎え、寺社仏閣の庭園に思わず足を運びたくなりますね。見どころがいっぱいの日本庭園の楽しみ方を、京都・南禅寺などの古刹を手がける「植彌加藤造園」の山田咲さんがわかりやすくレクチャーします。「大人の教養・日本庭園の時間」のスタートです。
日本庭園というと、皆さんはどんなイメージをお持ちですか? 石灯籠や茶庭、枯山水……ぼんやりとしたイメージはあるけど、その魅力を味わい尽くすきっかけって、なかなかないかもしれません。
私ども植彌加藤造園は、嘉永元年(1848年)に京都で創業しました。京都では南禅寺様、東本願寺様、智積院様などの寺社仏閣から、福田美術館様などの美術館、さらに、ドバイやシンガポールなど海外でも造園を行っています。庭師や設計士など直接庭に関わる技術者に加えて、日本庭園に関する研究や施設運営に携わる者もおり、日々の手入れ、新たな作庭、文化財の保存・活用などに従事しています。
この連載では、庭園の裏も表も知り尽くす私たちから、今後庭園を味わったり、記憶に残したりするためのチェックポイントを、いくつかご紹介したいと思います。日本庭園に興味はあるけれど、見方がよくわからない……という皆さまが、庭園鑑賞に踏み出すきっかけになることを願っています。
まず、日本庭園全般、いえ、人が造った「庭」というものを味わう上で、ぜひ皆さまに知っていただきたい基本的なポイントを二つ、お示しします。
庭はあるひとつの場所を区切ってなされる空間表現ですが、それは同時に時間の表現でもあります。「苔むした庭」と聞いただけで、その庭が長い時間存在しているというイメージがわきますね。
さて、私たちの身の周りには、時間の経過とともに価値が落ちるものがあふれています。新車、新築、新製品など、「新」という文字が頭についているものは、その代表でしょう。これらの「新~」は、作られた時が最も良い状態にあるわけです。庭はその逆。造られた時はまだまだヒヨッコです。特に日本庭園は、10年ほどたって、ようやくその庭の「らしさ」が見られる状態になるというのが一般的です。
長期にわたって庭をはぐくむためには、人間の情熱と技術が必須です。まずは、「この庭をゆくゆくはこんな場所に育てていきたい!」と想像をめぐらせ、実現しようとする庭の所有者(我々にとっての施主様)が不可欠です。そして、何十年、時に数百年の長期間にわたって、その場所をひとつの景色へと結実させてゆく、我々のような庭師の技術と、その両方が必要です。
時々、「庭木ってどうして大きくならないの?」というご質問をいただきますが、これは大きくならないのではなく、庭師が「小さく育てて」いるのです。所有者の作庭イメージを実現するためにデザイナーかつ職人である我々庭師が、剪定や改修工事を行っています。
お庭と畑の違いは何でしょう? その一つはビューポイント(視点場)があるかないか、だと私は考えます。庭は、必ず「どこから見るか」というビューポイントを考えて造られています。
「借景を、この角度でこう見せたいから」「母屋は、敷地のここに配置しよう」「池の奥の園路が曲がって遠くに行く感じが、山路のようでとてもいいから、そこを見渡せる芝地をこちら側に造ろう」など……「どのように見せたいか」の意図で、実は埋め尽くされているのです。
お庭に入ると、まず、どこからご覧になりますか。普段の生活でふれることが少ない木々や水の息吹に心が洗われる方も多いでしょう。そのあと一息ついて、よく周りを見渡してみてください。なんとなくあなたが立っているその場所は、実は、作庭者が意図してあなたをそこに導いた可能性が高いのです。
思わず歩いてみたくなる飛び石や、水際の気持ちのよい園路を通って、あなたはそこまで来たのではないですか。そして、立ち止まったその場所には、たまたまではなく、あなたを立ち止まらせた「何か」がきっとある。腰掛待合か、園路の曲がり角か、あるいは滝の音の響き……。そう、そこが視点場です。
視点場を見つけたら、じっくりとそこから見える景色を味わいましょう。それこそが、情熱をかけて理想の庭を思い描いてきた所有者と、長い時間手入れを積み重ねてきた庭師からの、最高のおもてなしです。しかも、たった今、そこに立っているあなたのためだけの。
さて、お庭の味わい方の基礎編、いかがだったでしょうか。次回は、日本庭園の歴史や庭師の技などを詳しく見ていこうと思います。
ぜひ訪れていただきたい、おすすめの庭園もご紹介します。ここは、京都駅から徒歩約10分。江戸から明治を経て、現代に残る奇跡の大庭園で、時間の積み重ねを存分に感じることができます。視点場の一つは、京都タワーを日本庭園越しに撮影できる絶景スポット。京都の今昔が味わえる、癒やしの場でもあります。
公式サイト https://www.higashihonganji.or.jp/shoseien/
開園時間
• 【3月~10月】午前9時~午後5時(受け付けは午後4時30分まで)
• 【11月~2月】午前9時~午後4時(受け付けは午後3時30分まで)
• 年中無休
プロフィール
植彌加藤造園 知財企画部長
山田咲
1980年生まれ。東京都出身。慶応義塾大学文学部哲学科卒業、東京芸術大学大学院映像研究科修了。現在、京都で創業170余年の植彌加藤造園の知財企画部長を務める。国指定名勝無鄰菴をはじめ、世界遺産・高山寺、大阪市指定名勝の慶沢園などで、学術研究成果に基づいた文化財庭園の活用のモデルを推進。開発した[文化財の価値創造型運営サービス]が2020年度グッドデザイン賞受賞。他方で舞台芸術作品の制作などにも関わり、文化的領域を横断した活動を続けている。
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