皇室のお正月
前回お話ししたように、皇室の新年行事・祝宴にまつわるボンボニエールが見当たらない。そこで今回は「羽子板形ボンボニエール」に登場してもらうこととした。
このボンボニエールは、北白川宮佐和子女王が東園基文と結婚した後、昭和10年(1935年)1月9日の御里開の際のボンボニエールである。
「御里開」とは耳慣れない言葉であるが、里帰りのことである。婚礼では「終了」「帰る」等の言葉は忌み言葉として避けるため、「お開き」という言葉が使われる。 時期が1月なので羽子板形とし、文様には佐和子女王のお印である桃があしらわれている。7.9cm×3.1cmの可愛らしい銀製の羽子板である。
皇室のお正月「御爪切」
皇室のお正月は各種行事が目白押しで、大変お忙しい。公式な行事だけでなく、御内邸で行われる行事も多くある。その中の一つ「七草の御爪切」について、お話ししよう。
学習院大学史料館では、平成18年(2006年)に高松宮家より縁の品々の御寄贈を受けた。多くは高松宮宣仁親王の学習院時代・御幼少時の御道具類であったが、その中には一般にはなじみのないものもいくつかあった。その一つが「御爪箱」であった。
鳳凰文が描かれた漆塗りの小さな箱の中に、ハサミや筆、袱紗、そして紅猪口が収められており、一見すると化粧道具の箱である。しかし、宣仁親王は男の子……。これは何なのだろうかと思っていたところ、当時当館の客員研究員でいらした今上陛下が一言「御爪箱ですね!」とおっしゃったのである。「おつめばこ? それは何ですか?」ということで、以下は当館のミュージアムレターに陛下がご執筆された文章(を2011年開催の「宮廷の雅」展図録に再録した際、陛下自ら訂正されているので、そちら)をご紹介いたしましょう。
「御爪箱」
爪を切る道具を納めた漆塗りの方形の箱。皇族が幼少時(7歳頃まで)に使用する。箱は二つで1セットで、中には爪切り用のはさみ、小町紅、紅筆、筆、紫ふくさ、蓋付陶器などが納められている。通常、爪切りははさみを用いる。またはさみは手の爪用と足の爪用を分けて使用する。高松宮の御爪箱のはさみにはそれぞれ「上」、「下」の印が付されているが、これは、「上」は手、「下」は足の意味であろう。ふくさの上で爪を切り、切り終わった後にそれぞれの指に筆で紅をつける。紅をつけるいわれは定かではないが、消毒の意味があったものとも思われる。なお、皇室では、1月7日の七草の日に七草を入れた水に手を浸し、その年最初の爪切りを行う習慣がある。
――という、何とも雅な風習なのである。この爪の先に紅を塗る風習、いまではネイルアートを思い起こすが、江戸時代には爪紅粉とよばれ、御所周辺の風習として広く行われていたようである。紅を塗るのは魔除けの意味もあったという。
「御所人形」とよばれる人形をご存じだろうか。木彫りの上に胡粉を塗り重ね、磨いて作られた、大きな頭・白い肌・2頭身か3頭身の人形で、裸の幼児の姿であることが多い。江戸時代、西国の大名が参勤交代で京都へ立ち寄り、京都の御所や公家に贈り物をした際に、その返礼として度々用いられた。当時は「お土産人形」などと呼ばれていたが、明治末頃から「御所人形」と呼ばれるようになった。
明治~大正期には御所人形を台の上に載せた「御台人形」が、天皇、皇后から皇女への下賜品とされた。現在でも京土産の代表的な人形として、製作され続けている。そして、この「御所人形」のつま先に、なんと紅がさしてあるものがあるのである。
皇室だけに続くこのような大小様々な伝統、これからも長く続けていっていただきたいと切に願う。
天皇陛下が執筆された「学習院大学史料館ミュージアムレター」はこちら
⇒ 学習院大学史料館ミュージアムレターNo.3
プロフィール
学習院大学史料館学芸員
長佐古美奈子
学習院大学文学部史学科卒業。近代皇族・華族史、美術・文化史。特に美術工芸品を歴史的に読み解くことを専門とする。展覧会の企画・開催多数。「宮廷の雅」展、「有栖川宮・高松宮ゆかりの名品」展、「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」展など。著作は、単著「ボンボニエールと近代皇室文化」(えにし書房、2015年)、共著「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」(青幻舎、2018年)、編著「写真集 明治の記憶」「写真集 近代皇族の記憶―山階宮家三代」「華族画報」(いずれも吉川弘文館)、「絵葉書で読み解く大正時代」(彩流社)など。
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