新天皇が即位され、時代は令和と変わった。もはや平成が過去のものになりつつある。しかし、これからお話を紡いでいくこのコラムでは、まだ令和は出てこない。おそらく即位の礼の諸儀式が執り行われる秋には、その新しい物語をお話できることになるだろうが、それまでは、皇室が守り続けてきた手のひらの上に載るほどの小さな工芸品について、少しずつ、つづっていこう。
これからお話をする小さな工芸品は「ボンボニエール」と呼ばれる。
平成31年(2019年)の早春に、平成の天皇の即位30年記念式典が行われた。その際の茶会によばれた著名人たちがその後テレビ番組に出演し、5色の金平糖が入った菓子器を披露していた。なかにはその金平糖を一粒数百円で弟子に売ったととぼけたタレントもいた、などという話題もあったので、「あ、あれ?」と思い出された方も多いかと思う。そう、それが「ボンボニエール」なのである。
ボンボニエールはもちろん外国由来、元々はフランス語で「砂糖菓子(bonbon)を入れる容器」という意味である。フランスやイタリアでは子供の誕生や結婚式、銀婚式などの祝事の際に砂糖菓子が配られ、その砂糖菓子を入れる容器(蓋が付属しないガラス製や、袋であることも多い)をフランス語ではボンボニエール(Bonbonnière)という。イタリア語ではボンボニエーラ(bomboniera)で、中に入れる砂糖菓子(コンフェッティ confetti)は幸福、健康、富、子孫繁栄、長寿を意味する5色のものを用いるという。お気付きの通り、コンフェッティは金平糖の語源である。現在の日本では、結婚披露宴の最後に新郎新婦が金屏風の前で袋入りドラジェ(dragée:これも砂糖菓子・ボンボンの一種)を列席者に配る光景を目にすることがあるが、これが本家ヨーロッパ流のボンボニエールに近いものであろう。
そのボンボニエールがなぜか明治中期の日本の皇室に突如出現し、皇室の慶事の際に制作・下賜されるのが恒例となった。そしてそれからは本家をしのぐ勢いで、日本独自の発展を遂げる。得意のガラパゴス的進化が明治皇室の引出物にもすでに見ることができるのである。
日本のボンボニエールはおおむね銀製の蓋付き容器で、華やかな意匠と細かい細工が施された、手のひらに載るほどの小さな工芸品である。その形や種類は百花繚乱、大正~昭和10年代前半には大流行期を迎え、皇室・宮家のみならず、華族家や企業、一般家庭でも制作配布されるようになった。その中には、明治の皇室が西洋文化の受容と日本の伝統文化・国内産業の保護という政策両立のために編み出した苦心の跡が垣間見えるのである。この垣間見えるエピソードがこの物語の主軸となるが、それは追い追い。
昭和20年(1945年)、太平洋戦争の敗戦により、日本の体制は大きな変化を迎えた。昭和22年(1947年)には天皇の弟たちである秩父宮・高松宮・三笠宮家を除く11宮家は皇籍を離れた。同じ年、日本国憲法の施行と共に華族制度も廃止された。そのような状況の中、ボンボニエールを贈る風習はほぼ忘れさられた。しかし、その後も皇室では慶事の際にボンボニエールを作り続けたのである。皇室が育んだこの文化、その一番新しいものが冒頭で述べた平成の天皇の即位30年記念のボンボニエールとなる。
即位30年記念のボンボニエールは丸形で、蓋表に皇室の御紋である「十六葉八重表菊紋」が金色で燦然と輝き、菊の葉を交差させた文様があしらわれている。大きさは径5.6×高さ3.0センチ、手のひらにほどよく収まる大きさである。銀色であるが、残念ながら純銀製ではなく、銀メッキである。平成30年(2018年)10月23日に宮内庁が公開した一般競争入札の件名には「御紋付真鍮製銀鍍金仕上ボンボニエールの製造」となっている。ボンボニエールの中には5色の金平糖と銀の極細粒のアラザン(argent;ケーキやクッキーのトッピングなどに使われるもの。本物の銀でコーティングされている)が入れられている。
平成11年(1999年)、天皇即位10年にも記念のボンボニエールが制作されているが、その形・文様は実は即位30年のものと同様であった。箱に付属する紙「即位十年 平成11年11月」が判別に重要な材料となる、後世の研究者泣かせの一品である。
さらに「即位30年記念ボンボニエール」にはもう1種類のボンボニエールも存在する。やはり丸形で、蓋表の三ツ輪文様の中央に金の御紋があしらわれる。三ツ輪は三重、つまり即位30年をデザイン化したものである。大きさは径5.9×高さ3.4センチ。そして、このボンボニエールは純銀製。天皇家の御内宴で親戚の方々に配られるものとして、ごく少数のみ制作されたプライベートなものなのである。
プロフィール
学習院大学史料館学芸員
長佐古美奈子
学習院大学文学部史学科卒業。近代皇族・華族史、美術・文化史。特に美術工芸品を歴史的に読み解くことを専門とする。展覧会の企画・開催多数。「宮廷の雅」展、「有栖川宮・高松宮ゆかりの名品」展、「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」展など。著作は、単著「ボンボニエールと近代皇室文化」(えにし書房、2015年)、共著「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」(青幻舎、2018年)、編著「写真集 明治の記憶」「写真集 近代皇族の記憶―山階宮家三代」「華族画報」(いずれも吉川弘文館)、「絵葉書で読み解く大正時代」(彩流社)など。
0%