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重要文化財 犬追物図 桃山時代 文化庁

2019.11.22

【ソフィーの眼】風雅を好んだ桃山時代

日本の美術史でほれぼれする時代の一つが、桃山時代だ。詩的ですてきな名称を与えられたこの時代は、比較的短かったとはいえ、激動の時であり、創造力に富み、違いが際立つ時代でもあった。

戦乱が100年近く続いた後、3人の野心的な戦国大名― 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康―が続けて政権を握り、やがて天下が統一された。芸術はこれらの武将の下で花開き、時の権力を象徴するものとなった。 天守閣がそびえる城には、彩り豊かな金箔きんぱく屏風びょうぶがしつらえられ、人々は豪華な衣装をまとい、歌舞伎が誕生した。欧州の商人や宣教師たちが到来し、異なる宗教、新しい技術、それまで未知だった品物がもたらされたことで、文化に異国の情調も加わった。桃山時代は活気に満ちていて、視覚に訴える斬新な意匠を生んだ。

桃山時代の美術には、ほかにはない魅力があって、はっとさせられるような意匠を特徴とし、たいていぜいを尽くしている。絵画や織物や調度は、装飾的な側面を強調するために、金銀があしらわれた。風変わりな一例を挙げると、秀吉が16世紀末に用意させたとされる黄金の茶室がそうだ。現存はしていないが、復元制作されたものは、MOA美術館(静岡県熱海市)で見ることができる。

黄金の茶室(MOA美術館)

当時の貴族や武士たちの住まいは、 金箔で覆われ、色鮮やかな絵が描かれたふすまや屏風といった豪華なもので飾られていた。ろうそくの灯がともる室内で、屏風は さぞかし映えたことだろう。金箔の大きな広がりを背に、2 匹の唐獅子が躍動する狩野永徳 の作品(「唐獅子図屏風」宮内庁三の丸尚蔵館)は、どのような雰囲気を醸しただろう。永徳はこの時代を代表する画家だ。サイズが大きいこの絵画は、秀吉からある戦国大名への贈り物だったとされる。どう猛な獣たちは、たてがみと尻尾がくるくると、文様化した炎のように描かれている。大胆で優雅なこの様式こそが、勇猛果敢な新指導者たちの野望を引き立てた。

狩野永徳筆 唐獅子図屏風 桃山時代(16世紀) 宮内庁三の丸尚蔵館

彼らは弓術や蹴鞠けまりをたしなんだ。こういったたしなみは作品にも描かれ、馬射うまゆみの練習として行われた犬追物いぬおうものの情景と屋根の下で見物する群衆を生き生きと描いた一双の屏風もその一例だ。金地に映えるよう、衣装の描き方に細心の注意を払ったとされる。(トップ写真・重要文化財「犬追物図」文化庁)

ポルトガルの貿易商人が1540年代に到来し、日本に欧州人が現れると、それも美術に影響を与えた。桃山時代のいわゆる「南蛮屏風」は、長崎港に到来したポルトガルの商人を描いている。いかにも異国のといった趣の西洋の派手な衣装がいくつも描かれ、その場面は躍動感にあふれ、色彩豊かだ。黄金の雲に覆われている部分もある。

桃山時代は陶磁器の制作が活発になり、発達した時代でもあった。美しさが際立つ新しいタイプの陶器が流行し始めたのも一例だ。織部焼おりべやきと呼ばれるその陶器は、鮮やかな色彩を放つ緑釉りょくゆうを施して装飾的な文様を強調し、大胆で不規則な形状をとる。その名は千利休の死後、著名な茶人となった武将の古田織部に由来する。扇形の蓋物は、織部焼の典型的な作品の一つだ。この形は実用的であり、装飾的でもある。「織部扇形蓋物おうぎがたふたもの」(京都国立博物館)は魅力たっぷりだ。表面は様々な文様があしらわれて躍動感があり、根竹のつまみが付いている。

織部扇形蓋物  桃山時代(16世紀) 京都国立博物館

北村美術館(京都市上京区)所蔵の重要文化財「織部松皮菱形手鉢まつかわびしがたてばち」にも、陶芸家の創意と当時の食器類の豪華さが表れている。装飾的なモチーフに彩られているこの手鉢は取っ手に緑釉が施され、付け根の周りの色の淡い器部は半輪のような文様や網目のような文様があしらわれ、幾何学的な文様も見られる。

重要文化財 織部松皮菱形手鉢 桃山時代(17世紀) 北村美術館

支配階級が身にまとった衣服にも意匠や技巧を凝らした豪華な装飾があしらわれた。女性の着物は金銀の糸で刺繍ししゅうが施され、きらきらと輝いた。特に贅を凝らしたのが能衣装だ。やはり金銀を織り込み、鮮やかな彩りとくっきりとした文様を施した。舞台芸術が華やいだのもこの頃だった。能の再興、文楽と歌舞伎の起こりも、この時代の活気を物語る。

桃山の豪勢な建築物はほとんどが失われたが、私たちは幸いにも、数々の美術品からこの時代の精神をうかがい、黄金時代と呼ばれたこの素晴らしい時代の文化的な業績を見て取ることができるのである。

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ソフィー・リチャード

プロフィール

美術史家

ソフィー・リチャード

仏プロヴァンス生まれ。エコール・ド・ルーヴル、パリ大学ソルボンヌ校で教育を受け、ニューヨークの美術界を経て、現在住むロンドンに移った。この15年間は度々訪日している。日本の美術と文化に熱心なあまり、日本各地の美術館を探索するようになり、これまでに訪れた美術館は全国で200か所近くを数える。日本の美術館について執筆した記事は、英国、米国、日本で読まれた。2014年に最初の著書が出版され、その後、邦訳「フランス人がときめいた日本の美術館」(集英社インターナショナル)も出版された。この本をもとにした同名のテレビ番組はBS11、TOKYOMX で放送。新著 The Art Lover’s Guide to Japanese Museums(増補新版・美術愛好家のための日本の美術館ガイド)は2019年7月刊行。2015年には、日本文化を広く伝えた功績をたたえられ、文化庁長官表彰を受けた。(写真©Frederic Aranda)

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