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尾形光琳 八橋図屏風
江戸時代、18世紀

2020.4.15

【ソフィーの眼】日本の絵師たちに好まれた「橋」

今回はロンドンのビクトリア・アンド・アルバート博物館で開幕して間もなく〔訳者注:執筆時〕、大いに注目されている着物展について書くつもりだったが、この博物館も新型コロナウイルスの感染拡大で休館となった。自宅から外に出られない私は、机に向かい、空間と人のつながりや結びつきといったことに思いを巡らしていたが、ふと、美術品に見られる「橋」について何か書けるのではないかと思った。「橋」という主題はこうした「つながりや結びつき」、あるいは旅や越境を思わせるものとして、日本でも西洋でも見られるからだ。

「橋」のモチーフは江戸時代の絵画や浮世絵でとりわけ好まれたようだ。琳派の作品でよく知られるテーマの一つが、10世紀〔訳者注:平安時代〕の歌物語「伊勢物語」の挿話にヒントを得た「八橋」。18世紀初頭の尾形光琳や尾形乾山の作品に見られ、カキツバタが咲き誇る湿地に八橋が架かる。

絵師たちはどのように八橋を解釈し、描いたのか――。作品を見比べていくと、実に面白い(登場人物など物語の細部は完全に無視されている)。光琳は二つの八橋作品(それぞれが一双の屏風びょうぶ)を残した。一つ(トップの写真)は、いくつかの板が角度を変えながら連なり、全体的には、群生するカキツバタの上を斜めに横切っている。もう一つ(東京・根津美術館所蔵の国宝「燕子花図」)は、より抽象的だ。 光琳は橋そのものは省略し、これらの屏風のもとになり、同時代の知識人に知られていたであろう古典文学を明確に示すものとして、 カキツバタをもっぱら描いたのである。

尾形乾山もまた、咲き誇るカキツバタの中に連なる平板を絵画に描き、余白に和歌を書きつけた。古典的なテーマを大胆に扱った作品と言え、様式化された風景の中に、筆文字をリズミカルにあしらった。

歌川広重や葛飾北斎といった浮世絵作家たちは、日本の様々な橋を描いた。北斎には、橋をテーマとした「諸国名橋奇覧」 というシリーズものさえある。このシリーズの版画は、様々な形状や規模の橋が色々な風景の中に描かれ、北斎の想像力がどれほど豊かだったかを物語る。「足利行道山くものかけはし」では、ごつごつとした崖地にかろうじて立つ小さな建物2棟があり得ないような、か細い橋でつながっている。対照的に「摂州 天満橋」では、巨大な橋の全長が描かれ、天神祭を訪れる人々でにぎわっており、提灯ちょうちんの列が天満橋のアーチ形をなぞる。

足利行道山くものかけはし
葛飾北斎「諸国名橋奇覧」
江戸時代
摂州 天満橋
葛飾北斎「諸国名橋奇覧」
江戸時代

印象派の巨匠クロード・モネらフランスの19世紀末の画家たちは日本の木版画に感服し、触発された画家も少なくなかった。モネは晩年をパリ郊外のジベルニーで過ごしたが、彼の家には浮世絵が飾られていた。美術品の膨大なコレクションがあったにもかかわらずだ。睡蓮すいれんを描いたことで知られる画家だが、彼はその睡蓮を引き立たせる素晴らしい庭園を入念に作り、そこには池や人が渡れる橋もあった。彼の明細な指示によって設計されたアーチ形の木製橋は、日本への憧れを表したものだった。彼が所有していた版画のいくつかには、よく似た橋が描かれており、それに触発されたと思われるが、彼の橋は日本では考えられない緑色に塗られていた。

「橋」はモネが最も好む主題となり、いくつもの作品が描かれた。たいがい絵の中心に置かれ、キャンバスの端から端まで延びており、その緑色が周囲の緑に優しく溶け込んでいる。

現代の写真家である柴田敏雄氏の作品も「橋」を主なテーマの一つとしている。祖国の風景を探求する柴田氏は自然に囲まれた人工物にスポットを当て、抽象的になることもある構図で人を引きつける。代表作である「高知県土佐郡大川村」のように、「空」を思わせるものは一切省かれていることが多く、彫刻のようにたたずむ橋の美しさに我々の目を向けさせてくれる。

再び橋を渡れる日が近いことを願いつつ、散歩がてら、ロンドンで開かれている着物展を見に行くことを楽しみにしている。次回コラムで取り上げたい。

ソフィー・リチャード

プロフィール

美術史家

ソフィー・リチャード

仏プロヴァンス生まれ。エコール・ド・ルーヴル、パリ大学ソルボンヌ校で教育を受け、ニューヨークの美術界を経て、現在住むロンドンに移った。この15年間は度々訪日している。日本の美術と文化に熱心なあまり、日本各地の美術館を探索するようになり、これまでに訪れた美術館は全国で200か所近くを数える。日本の美術館について執筆した記事は、英国、米国、日本で読まれた。2014年に最初の著書が出版され、その後、邦訳「フランス人がときめいた日本の美術館」(集英社インターナショナル)も出版された。この本をもとにした同名のテレビ番組はBS11、TOKYOMX で放送。新著 The Art Lover’s Guide to Japanese Museums(増補新版・美術愛好家のための日本の美術館ガイド)は2019年7月刊行。2015年には、日本文化を広く伝えた功績をたたえられ、文化庁長官表彰を受けた。(写真©Frederic Aranda)

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