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2020.11.17

【おちこち刀剣余話vol.2】刀の拵えは人を表す? 刀装具から際立つ秀吉と家康の個性

歴史小説家の永井紗耶子さんが刀剣にまつわる様々な物語をひもとく「おちこち刀剣余話」。第2回で取り上げるのは、刀の「こしらえ」。現在、東京国立博物館で開催中の桃山展に展示されている豊臣秀吉と徳川家康の刀装具から、二人の性格や生き様に思いをはせました。

(イラスト 永井紗耶子)

刀は、武将たちにとって命を預ける大切な相棒でもあります。

戦場において共に戦い、生き抜くために必要不可欠なもの。そのため、名工の手による名刀を求める者も多く、名だたる武将たちの手から手へと渡って行った名刀も歴史上には数多く記されています。第1回で取り上げた「三日月宗近」などもそうした名刀の一つだと言えるでしょう。

しかし、実戦で使われる刀が全て、名工の作による名刀というわけではありません。無銘のものも、もちろんあります。むしろ持ち主や、使われた経緯、勝ち戦で使われた……といった刀にまつわる「物語」の方に価値が置かれる場合もあります。

そして、刀身そのものや刃紋などの美しさもさることながら、刀のさやや拵えといった「外見」にもまた、歴史的な、あるいは美術的な価値を見いだすこともあるでしょう。日本刀の見どころは、実に多様です。

字と「拵え」は人となりを表す?

今回、“刀剣沼”の入り口に立った私は、紡ぐプロジェクトの特別展「桃山 天下人の100年」に行ってまいりました。絵画、茶道具、甲冑かっちゅうなどなど、見どころが盛りだくさんで、ここの品一つで小説を一作書けるな……あ、この絵、あの人があの作品で書いていた……と、「歴史小説家あるある」的な見方でも楽しめました。

その中で面白かったものの一つが、いわゆる戦国三傑、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康がそれぞれ書いた手紙が並べられた展示です。「書は人を表す」と言いますが、なるほど、三者三様の字です。「思ったよりも秀吉の字が繊細だ」「家康、意外と大らかなのか」など、その人となりに思いをせてしまいました。

そんな「人となりに思いを馳せる」という点からも、興味深く私をきつけたのが、刀の「拵え」でした。

相棒である刀にも個性を

武将の相棒である刀は、戦場のみならず、常に身に着けるものでもあり、室内にあっても傍らにある。現在で例えていうならば、日常的に使う、人によっては肌身離さず持っているスマートフォンのような感覚でしょうか。

さて、どの機種を選びますか。アンドロイドですか、iPhoneですか。そこにどんなカバーをつけますか、つけない派ですか。待ち受け画面はどうしていますか……と、色々な形でカスタマイズするのではないでしょうか。そこには否応いやおうなく個性が表れます。「あまり気にしません」という方、それもまた個性です。

ビビッドカラー!秀吉の拵えから感じる豪放磊落

桃山展では、秀吉と家康の脇差の拵えが、少し離れたところに展示されていました。それぞれが作られた時代が少しずれているということもあるのでしょうが、共に戦国に生きた二人の個性が如実に表れているように思われます。

秀吉の刀の拵えである重要文化財「朱塗しゅうるし金蛭巻大小きんひるまきのだいしょう」。

重要文化財  朱漆金蛭巻大小  東京国立博物館蔵(出典:ColBase)

朱塗りされた鞘に、金の薄板がらせん状に巻いてあります。金を巻きつけることによって鞘の補強にもなり、デザインと実用の一石二鳥の優れものです。何よりも目を引くのは、金色と朱色のコントラストが表す華やかさ。それは一介の草履取りから天下人となった豊臣秀吉という人と、その時代が持つダイナミックな空気を表しているようです。

豪放磊落らいらくな明るさを好むと同時に、赤という色には闘志も感じさせる。歴史の中では「猿」と揶揄やゆされることもある秀吉ですが、そうした声すらパワーに変えて、明るく人々を引っ張っていくムードメーカーのようなリーダーだったのではないかと、思わせてくれる個性的な拵えではないでしょうか。

「この拵えを好む人であれば、金の茶室も造ったろうな」と思い、同展覧会にある千利休愛用の茶碗「黒楽茶碗 銘 禿」などと見比べると、「なるほど二人のセンスは対立したかもしれないな」などということも考えさせられます。

質実剛健…ストイックな外見に技が詰め込まれた家康の拵え

一方の家康の拵えが見られるのは、展示のラスト近く。関ヶ原の合戦を経て、天下が豊臣から徳川へと移っていき、江戸時代に入るその頃の作として見ることができる「黒漆打刀くろうるしのうちがたな」。

将軍家随一の刀剣とされた名物「本庄正宗」を収めたものですが、その外見はしんとして静かな「漆黒」です。柄には黒塗鮫くろぬりざめ(鮫皮を黒く塗ったもの)を着せて藍韋あいなめし(鹿の革を藍で染めたもの)を巻いている。更に目貫、笄、小柄といった三所物や鍔は、名工と言われた後藤家の手が加わっている……と、つまりは、真っ黒の中にこれでもかというほどに技巧が施された逸品であります。見目こそストイックであるけれど、その中に技が光る。見る人が見れば凄味すごみが分かる質実剛健な拵えであると言えるでしょう。

三河国(現在の愛知県)に生まれて、長い歳月を人質として暮らし、今川から織田、豊臣に仕えながら、「いつか天下を獲ろう」と虎視眈々たんたんと歩んできた家康の悲願が、ようやっと結実しようとしている。その時にあってもなお、はしゃぐというよりも、静かに粛々と己の道を行こうとしているその内には積み上げて来た日々と実績への確かな自信もにじんでくる気がします。狡猾なたぬきと評されることもある家康ですが、この拵えから見えて来るのは、「慎重で品位を持った紳士なのではないか」という印象でした。

もちろん、実際にお会いして話を聞いたら「いやあ、何となく作っただけ」と言われるのかもしれません。歴史上の人は身近にあった持ち物が残っていると、そこから勝手に妄想を繰り広げられて大変です。と、モノカキが言うことではありませんが、二人の刀の拵えがここまで異なるのは、とても興味深いことでした。

皆様も、身近な品々のカスタマイズで人となりを妄想されぬように、お気を付けください。

永井 紗耶子

プロフィール

小説家

永井 紗耶子

慶應義塾大学文学部卒。新聞記者を経て、フリーランスライターとなり、新聞、雑誌などで執筆。日本画も手掛ける。2010年、「絡繰り心中」で第11回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。著書に『商う狼』『大奥づとめ』(新潮社)『横濱王』(小学館)、歌舞伎を題材とした『木挽町のあだ討ち』(小説新潮)など。近著は『商う狼-江戸商人 杉本茂十郎』(新潮社)。第三回細谷正充賞、第十回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。

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