工芸は何もかもが実験の連続だ。実験の数が多ければ多いほど美しい――。
東京国立博物館(東京・上野)で開かれている特別展「工藝2020 −自然と美のかたち−」の会場に入ると、そんなことを感じた。世界規模でパンデミックが広がる中、疲れた体と心に染みる「浄化装置」のような空間だとも思った。
自分の目で見てみて、この展覧会を楽しむには、三つのヒントがあると思えた。
建築は、世界で最も大きい工芸品だ。「工藝2020」展は何と言っても、会場となっている東京国立博物館の表慶館が素晴らしい。
この建物は、明治42年(1909年)に開館した、日本初の本格的な美術館とされており、国の重要文化財となっている。
建物に足を踏み入れると見えてくるのは、モザイクの床。タイルではなく、7色の大理石が敷き詰められている。見上げると、大きなドームが荘厳な空間を演出している。エントランスはまるで、教会かモスクのような神聖な雰囲気だ。中に入った瞬間、空間そのものが、この展覧会で最大の「工芸作品」のように思え、ハッとさせられた。優雅な曲線が続く大理石の螺旋階段を上ると、時間が逆さまに動き出す。設計したのは、赤坂離宮など多くの宮廷建築に関わった片山東熊だ。
建築家の伊東豊雄氏が担当した会場構成も美しい。床が隆起し、展示台とつながっているように見える。日本の伝統である「畳の床に置く」という習慣を意識しているのだろう。そのため、思わず触ってみたくなるような衝動にかられた。この展覧会では、多種多様な工芸空間を体感できるのだ。
工芸とは、過去から未来へと受け継がれた遺伝子を楽しむ芸術だ。新しい技術を取り込んで、過去の伝統を現代に引き継ぐことが、工芸家の役割だとも言える。例えば、室瀬和美さんの漆工作品「柏葉蒔絵螺鈿六角合子」。侘びた自然をモチーフとしているが、デザインは極めてモダンな印象を受ける。「パターン&デコレーション」の手法で構築された現代の「琳派」だ。現代的なポップアートのような雰囲気もあり、ロイ・リキテンスタインやパトリック・コールフィールドを思い出した。
しかし、金銀の装飾や螺鈿をじっくり見ていると、尾形光琳の国宝「八橋蒔絵螺鈿硯箱」(江戸時代、18世紀)へのオマージュとなっているのではと思わせる。さらにさかのぼると、多角形の箱にリズミカルな漆芸を施す表現が、正倉院の「玳瑁螺鈿八角箱」をも連想させる。
このように、過去の傑作と対比させながら「工芸の遺伝子」の流れを見ると、より深く作品を味わうことができると思う。
工芸は元々、生活から生まれた芸術だ。あらゆる創作の中で、最も暮らしと密着している。「工藝2020」で見かけた作品をヒントに、自分でも似たようなものを作ってもいいと思う。竹、木、金属などでアクセサリーを作ってもいい。刺繍や染色をしてもいい。絵を描いたり、焼き物を作ったり、漆芸の装飾を金継ぎのヒントにしてもいいと思う。
歴史的に見ても工芸は、多くの芸術家の創作の源流となっている。石工職人の家で育ったミケランジェロは、大理石の採石場で遊びながら修業を積んだことが偉大な彫刻家として花開くきっかけとなった。ルノワールは、元々磁器の絵付け職人で、画家になった後も職人時代に育んだ技術を生かし、軽やかな筆致で新しい時代の絵画を開拓した。クリムトは、父親が金細工の職人で、彼自身も劇場装飾の仕事がはじまりだったため、工芸と絵画を融合するスタイルで成功した。創作のヒントにしたのは、甲冑や能面など日本の古美術だった。
工芸とは、いつの時代も芸術や暮らしの「潤い」を作り出す装置なのだ。
染色家の芹沢銈介は「荒涼とした時にこそ美しいものを届けたい」と言った。そして、生活の中に生きる美しいものを作り続けた。今、「工藝2020」を体感することは、コロナ禍の生活に必要不可欠な心の栄養補給だ。「美しいもの」は、荒涼とした時代を乗り切るための大切なワクチンのひとつなのだ。
プロフィール
「6次元」主宰
ナカムラクニオ
1971年、東京生まれ。東京・荻窪「6次元」主宰。映像ディレクター、美術家としても活動を続け、山形ビエンナーレなどに参加。著書は『金継ぎ手帖』『古美術手帖』『チャートで読み解く美術史入門』『モチーフで読み解く美術史入門』『描いてわかる西洋絵画の教科書』(いずれも玄光社)など多数。世界に日本の文化を発信する活動を続け、米国在住の日本画家マコト・フジムラと共同で金継ぎの学校 Kintsugi Academy をロサンゼルスに設立。
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