前々回は九谷焼、前回はプラスチック製と、銀製以外のボンボニエールのお話をさせていただいたが、今回は、最近では主流ともなっている陶磁器製のボンボニエールについての物語である。
御即位や御成婚などの皇室の公的祝事では、銀製のボンボニエール(銀鍍金の場合もあるが……)が制作されているが、宮家の内宴では陶磁器製のボンボニエールが制作されることが多い。その傾向は、昭和55年(1980年)の三笠宮寬仁親王御結婚の頃から見られ、最近では、陶磁器製がほとんどを占めるようになっている。
陶磁器製ボンボニエールの魅力は、何といっても、色絵付けによる美しさ、華やかさ、細やかさなどの表現力であろう。その魅力を何回かに分けてご紹介したい。なにしろ、陶磁器製ボンボニエールのバリエーションは、1回ではご紹介できないほど豊富なのである。
深川製磁製のボンボニエール
陶磁器製ボンボニエールの制作に関わっているメーカーは大倉陶園、香蘭社などいくつかあるが、その一つに、深川製磁もある。冒頭のボンボニエールは、常陸宮正仁親王・華子妃の金婚式記念の際に、深川製磁によって制作されたものである。
深川製磁は、言わずと知れた有田(佐賀県)の名窯である。創業者の深川忠次は、日本で最初の陶磁器メーカー、香蘭社の創立メンバーだった8代・深川栄左衛門の次男として、明治4年(1871年)に生まれた。忠次は同27年(1894年)、23歳で香蘭社から分離独立し、深川製磁を創業した。その後、同33年(1900年)のパリ万博に製品を出品し金賞を受賞。同37年(1904年)の米セントルイス万博では、金賞を受賞するだけでなく、出品者中、売り上げトップとなるなど、海外でも極めて高い評価を得た。
明治43年(1910年)からは宮内省御用達となり、数々の宮中食器を制作している。中でも、正餐用洋食器は、明治15年(1882年)頃に有田の精磁会社が制作した様式を深川製磁が踏襲し、現在でも、国賓を饗応する宮中晩餐会で使われ続けている。
その深川製磁が手掛けた常陸宮正仁親王と華子妃の御成婚25周年記念(銀婚式)の際のボンボニエールは、卵形の表面に黄心樹と石南花が対面で配されている作品。黄心樹は正仁親王のお印、石南花は華子妃のお印である。石南花の花は薄いピンクで描かれ、それに合わせ、葉も淡い緑のグラデーションで描かれている。
制作にあたった深川製磁相談役の深川巌氏は、まず、正仁親王のお印である黄心樹を庭に植えたという。さらに、華子妃のお印である石南花も植え、その花の時期になると、毎年欠かさず写生をしている。
巌氏の手元には、石南花のデッサンが数多く残されている。デッサン画は、表裏の葉色の違いや茶色の変色部なども写実的に捉えているが、ボンボニエールのデザインの段階では、その雰囲気をとどめたまま、淡い草色のグラデーションで表現することで、同時に気品も兼ね備えさせている。
高円宮典子女王(当時)の御成年記念のボンボニエールも深川製磁製。ほぼ立方体の箱形で、蓋の中央には、金彩で高円宮家の紋章が置かれ、清明な色絵の蘭文が側面部に配されている。蘭は、典子女王のお印である。
高円宮家の承子女王、典子女王、絢子女王(当時)の御成年の際のボンボニエールは、いずれもこの器形、文様構成で、それぞれ萩、蘭、葛のお印が配されている。他のボンボニエールに比べると、一回り小ぶりなつくりは、女王にふさわしい可愛らしさである。
これらのボンボニエールは、深川製磁参考館(佐賀県西松浦郡有田町幸平)で実物を見ることができる(要事前予約)。
こちらにも、コロナが収束したら、ぜひ、いらしていただきたい。
プロフィール
学習院大学史料館学芸員
長佐古美奈子
学習院大学文学部史学科卒業。近代皇族・華族史、美術・文化史。特に美術工芸品を歴史的に読み解くことを専門とする。展覧会の企画・開催多数。「宮廷の雅」展、「有栖川宮・高松宮ゆかりの名品」展、「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」展など。著作は、単著「ボンボニエールと近代皇室文化」(えにし書房、2015年)、共著「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」(青幻舎、2018年)、編著「写真集 明治の記憶」「写真集 近代皇族の記憶―山階宮家三代」「華族画報」(いずれも吉川弘文館)、「絵葉書で読み解く大正時代」(彩流社)など。
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