悠紀主基地方――耳慣れないこの言葉は、天皇の即位儀式と深く関わるものだ。新天皇が即位後、初めて神々に食物や酒を供える儀式を「大嘗祭」と言い、その材料となる新米などを収穫する田(斎田)は占いにより選ばれる。歴史的な変遷はあるが、現在では京都を基点にして東西の斎田を定めており、東を悠紀地方、西を主基地方と呼ぶ。
ご即位にまつわる一連の儀式(大礼)の終盤には、「大饗の儀」という華やかな宴が催される。ここで披露されるのが、悠紀主基地方の名所風俗を詠んだ和歌に基づく二組の屏風である。
その歴史は古く、平安時代以来の伝統がある。昭和の大礼で悠紀地方を描く屏風の作者に選ばれたのは、日本画家の川合玉堂(1873~1957年)。1917年に帝室技芸員を拝命し、名実ともに画壇の巨匠と言うべき存在だった。日本の美しい風景を情感豊かに描き出すその手腕に、「昭和度 悠紀地方風俗歌屏風」制作の大任が託されたのである。
28年1月に依頼を受けた玉堂は、悠紀地方に選ばれた滋賀県を2月下旬から4月にかけて数度取材し、各地でスケッチを重ねている。徹底して写生を重視した玉堂らしい、入念な準備がなされた。
満を持して完成した本作は、四季の移ろいとともに県内の名所――伊吹山(春)、竹生島(夏)、瀬田川(秋)、比良山(冬)――が右隻から左隻へと色あざやかに展開される。湖国・滋賀県にふさわしく、画面の中心となるモチーフは琵琶湖沿岸の風景とそこに住まう人びとの営みだ。
画面に幾筋も引かれている群青の霞は、やまと絵の伝統的な表現方法に拠ったもの。写生に基づく的確な描写が古典的様式と見事に融合された、玉堂の栄えある大作と言えよう。
(宮内庁三の丸尚蔵館学芸室研究員 田中純一朗)
◆皇室の美と広島 ―宮内庁三の丸尚蔵館の名品から
【会期】9月16日(金)~10月30日(日) ※会期中展示替えあり
【会場】広島県立美術館(広島市中区上幟町)
【主催】広島県立美術館、広島テレビ、イズミテクノ、宮内庁
【特別協力】文化庁、紡ぐプロジェクト、読売新聞社
【問い合わせ】082・221・6246