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2020.4.24

【歌舞伎 義経千本桜 vol.2】制作者が見どころを徹底解説! Aプロ鳥居前・渡海屋・大物浦

※おことわり

この記事は、2020年4月30日まで国立劇場がYouTubeに公開していた公演動画に関してのものですが、「義経千本桜」の作品解説として、見どころ案内として、引き続きお楽しみいただけます。

2020年4月30日まで、YouTubeの国立劇場公式チャンネルで配信されている歌舞伎公演「義経千本桜」の見どころを、歌舞伎を担当する日本芸術文化振興会理事の大和田文雄さんに解説してもらった。第1回は、二段目の「伏見稲荷鳥居前の場」「渡海屋とかいやの場」「大物浦だいもつのうらの場」だ。

※()内の数字は説明している場面のだいたいの再生場所を示しており、時:分:秒を表している

鳥居前……狐か、人か

【あらすじ】

鎌倉時代。平家討伐後、兄・源頼朝から謀反の疑いをかけられた義経は、頼朝からの討っ手に攻められ、都落ちを決意する。義経一行が京都・伏見稲荷大社にさしかかると愛妾あいしょうの静御前ごぜんが追いつき、同行したいと願う。義経は静に、法皇から与えられた「初音はつねの鼓」を形見として渡し、なおも懇願する静を木に縛り付けて出発する。やがて頼朝の家来に見つかった静は連れ去られそうになるが、そこに義経の家来・佐藤忠信が現れて……。

今回の上演では、義経の家来・武蔵坊弁慶が頼朝からの討っ手を殺してしまう「初段(一段目)」は省略されている。映像は、静に続いて現れた弁慶が、義経から叱責しっせきされるシーンで始まる(4:25)。静の取りなしで弁慶の同行は許されたが、静は許されず、ついには木に縛り付けられてしまう(10:00)。追ってくる恋人を押しとどめるためとはいえ、縛るというのは、いささか極端にも見える。

静はなぜ縛られる?

「 静が、別れるくらいなら身を投げて死ぬというので、安全のために木に縛るわけですが、その後どうなってしまうのだろうと思いますね。これは、追いかけたくても追えない、二人がどんどん離れていってしまうという悲しみを、視覚的に、象徴的に見せる効果もあるのではないかと思います」

頼朝の家来につかまり窮地に陥った静を助けるのが、菊之助さん演じる佐藤忠信(13:07)。忠信は、豪壮さをあらわす「火焔隈かえんぐま」と呼ばれる隈取をしており、江戸歌舞伎の荒事の演出が取り入れられている。

都へ戻る静と、静の守護を命じられた忠信が花道を行くと、突如「ドロドロ……」という幽霊が現れた時のような太鼓の音が響き、泣き崩れる静を忠信が不思議な手つきで立たせる(25:03)。

「この音は、忠信が妖術を使っているのを表しています。なぜならこの忠信は、きつねが化けた『狐忠信』。だから、妖術が使えるんです。この時の菊之助さんは、4本の指をくっつけて、親指を内側にいれた、独特の手つきをしています。これは獣の手を示しています。でも次の瞬間には、指を開いて人間に見せています」

鼓の音を聞いて、つい狐の手が出てしまう忠信(菊之助さん)

忠信はこの後、花道を「狐六方きつねろっぽう」と呼ばれる豪快な演技で引っ込んでいく。この時も、狐と人間の手ぶりと足取りを繰り返している。「この細かな所作で、実は狐だということがお客様に伝わるんです。この狐の所作、そこから人間に戻るというのは、忠信が出てくるシーンでは繰り返し行われていますので、今後も注目して見てください」

渡海屋……主従関係が一瞬で変化

【あらすじ】

九州へ逃れるため、摂津国(兵庫県)の大物浦で船の出航を待つ義経一行は、船宿「渡海屋」に滞在している。宿は主人の銀平、女房のおりゅうが切り盛りし、娘のおやすと暮らしている。北条時政の家来と名乗る男が宿に現れ、義経追討の船を出すように迫るが、銀平は追い返す。危険を察知した銀平は、悪天候の中、義経に出船をうながす。実は銀平の正体は、壇ノ浦の戦いで敗れ、入水したと思われていた平家の武将・平知盛。同じく入水したとされた幼い安徳帝(天皇)を娘のお安、みかど乳人めのと典侍すけつぼねをお柳と偽り、義経を討つ機会をうかがっていた。

高貴な身分の人物が、身分の低い町人などに化ける様子を「やつし」という。ここでは、平知盛、安徳帝、典侍の局が、義経を討つために身をやつしている。知盛が菊之助さん、安徳帝は、菊之助さんの長男、丑之助さん、局は中村梅枝さんが演じている。

前半、銀平やお柳は、義経ら武士とは異なる軽妙な語り口や所作を見せる。義経一行が船着き場へと向かい、支度の遅い銀平をお柳とお安が待っていると、白いよろい姿で長刀なぎなたを手にした銀平が現れ、自らの正体を明かす (43:23)。続いて、お柳、お安の正体が明らかになる。見どころの一つだ。

「娘のお安が安徳帝になった瞬間、局は敷物を上座に敷いて立ち上がり、娘として下座に座っていた帝を敷物の上に座らせ、自分は下座へと下がります。家の中でそこまでするのか、という気もしますが、形で見せるのも歌舞伎らしい。菊之助さん、梅枝さん、丑之助さんは、今までとは所作も言葉遣いも、雰囲気をがらりと変えます。少し巻き戻してみて、前後の違いを見比べるとよくわかると思います。映像ならではの楽しみ方ですね」

大物浦……帝の言葉に恩讐超える

【あらすじ】

大物浦で、戦の様子をうかがっていた典侍の局だったが、義経に返り討ちにされたとわかると、安徳帝とともに入水しようとする。次々に海へ飛び込む侍女に続こうとすると、義経の家来が現れ阻止される。そこに、満身創痍そういの知盛が、安徳帝と局を捜しにやってくる。

ここでは平家物語に描かれた悲劇が再現される。局から入水をうながされた幼い安徳帝は、「あの恐ろしい波の下へただ一人行くのかや」と局に尋ね、局が共に行くのだとわかると運命を受け入れ、「波の底にも都ありとは」と辞世の歌を詠む。(1:07:20)。

激しい恨みを見せる知盛が、安徳帝の言葉で一変するのも見どころだ。義経一行が帝を抱く姿を見た知盛は「生きかわり、死にかわり、恨みはらさでおくべきか」と髪を逆立てて激しい怨念をにじませる(1:19:43)。だが安徳帝が、今までの知盛の苦労をいたわると同時に、義経の情けに触れ、「あだに思うな、これ知盛」と涙を浮かべて諭す。さらに局が義経に後事をたくして自害すると、知盛は帝の運命を悲しみ、ついには妄執を晴らす。背負ってきたものから解放された知盛の変化に注目だ。

妄執を晴らし、碇を体に巻き付けて自害する知盛(菊之助さん)
安徳帝にすすり泣く客席

この渡海屋、大物浦は通称「碇知盛いかりとももり」とも呼ばれている。ラストシーンで、知盛が、大きな碇を体に巻き付け、崖から身を投じるダイナミックなシーンがあるためだ。「宙乗りの時と同じように、今回は安全祈願も行いました。高い崖のセットの上から、後ろ向きで落ちるだけでなく、両足を上げてきれいに飛ぶ豪快さが、歌舞伎の醍醐味だいごみです。これは生身の俳優がやってこその迫力ですね」

弁慶の吹くホラ貝の音ともに、悲劇は静かに幕を閉じる。全編を通して胸に迫る芝居だが、中でも幼い安徳帝のシーンは、劇場では客席からすすり泣く音が聞こえるほど。

「動画の編集担当をしていたエンジニアも、安徳帝のシーンで鼻をすすっていました。普遍的な、力のあるお芝居ですよね。この物語は平家物語や能の『船弁慶』など、これまで色々な日本の芸能が培ってきたものの集大成のようなところがあります。壮大なパロディーで、その中に重厚な人間ドラマを描いています。 多くの見どころがありますので、繰り返し楽しんでいただければと思います」

(読売新聞紡ぐプロジェクト事務局 沢野未来)

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