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2023.7.13

荒波にもがく運命の果て―片岡仁左衛門演じる「俊寛」

大阪・七月大歌舞伎 近松門左衛門作「平家女護島」

打ち寄せる波がみるみるうちに陸を覆い、大海原が広がる。

大阪松竹座で今月〔2023年7月〕上演されている「俊寛」のラストシーン。歌舞伎の大道具の一つ、波模様を布に描いた「浪布なみぬの」の効果が、これほど発揮された名場面はないだろう。絶海の孤島・鬼界ヶ島きかいがしまに取り残される主人公・俊寛僧都そうずを、人間国宝の片岡仁左衛門が演じている。

大阪松竹座の「七月大歌舞伎」で「俊寛」を勤めた片岡仁左衛門(前列左から2人目)。今年は歌舞伎役者の大阪入りを告げる伝統行事「船乗り込み」にも4年ぶりに参加し、ファンを喜ばせた=大塚直樹撮影
「船乗り込み」後の式典で「今年も出演者一丸となって7月の公演を盛り上げたい」とあいさつする仁左衛門=大塚直樹撮影

「平家物語」に描かれた史実「鹿ヶ谷ししがたにの陰謀」は、能「俊寛」として劇化され、江戸期には近松門左衛門の人形浄瑠璃「平家女護島」を生んだ。人形浄瑠璃はすぐに歌舞伎化され、現代でも上演頻度の高い人気演目となっている。

能が、島に取り残される俊寛の孤独と絶望に焦点を当てたのに対し、近松は海女の千鳥ちどりを登場させ、俊寛を父とみなす疑似家族の悲劇を描いた。千鳥は俊寛の流人仲間・成経なりつねと恋仲になり、祝言を俊寛が取り持つ。

79歳で勤める8度目の俊寛役への意気込みを語る=川崎公太撮影

歌舞伎では、浪布と回り舞台のスペクタクルが映画のカメラワークさながらの視覚効果をもたらす。

仁左衛門の俊寛には、平家打倒を企てた政治犯の誇りと威厳がにじむ。3年に及ぶ島の生活で落ちぶれても、気骨と気品は失われていない。

俊寛、成経、康頼やすよりの流人3人が赦免され、千鳥を連れて船に乗り込もうとすると、使者・瀬尾せのおが千鳥だけを遮る。「自分の代わりに千鳥を乗せてくれ」と懇願する俊寛を瀬尾は非情にも蹴飛ばす。俊寛にかつての反逆心がよみがえり、瀬尾をあやめる。

関西歌舞伎の低迷期を知るだけに、大阪・道頓堀の夏芝居にはいつも特別な思いで臨んできた。「歌舞伎公演が増えたのはありがたいことです。もっと増やしたい。もっと裾野を広げたい」=川崎公太撮影

使者殺しの罪を負い、千鳥と仲間を船に乗せて島にとどまる俊寛。行く末には孤独な死が待っている。諦めたはずだが、いよいよ船出になると未練に惑い、一心不乱に船を追う。花道の上には浪布が敷かれ、海に見立てられる。本舞台で陸地を表した「地がすり」が取り払われた跡にも浪布。

俊寛は、花道の切り穴「すっぽん」に胸まではまり、両手を振りながら海中でもがく。荒波に後ずさる演出が多い中、仁左衛門は「海へ入るほうが未練の強さが出る」とかたを工夫した。 岩山によじ登ると、舞台は回転し、俊寛は正面向きに。大海を背に船を見送る表情が見せ場になる。やがて船影は消えていく。深い絶望から、運命を受け入れた安らかな表情に変わり、幕になる。(編集委員 坂成美保)

俊寛

平清盛への反逆の企てが発覚し、九州の南、鬼界ヶ島に流された俊寛僧都(仁左衛門)、丹波少将成経(松本幸四郎)、平判官へいはんがん康頼(嵐橘三郎きつさぶろう)の3人。流刑から3年がたち、成経は島の海女・千鳥(片岡千之助)と恋仲になっていた。

都から使者・瀬尾太郎(坂東弥十郎)らを乗せた船が到着するが、赦免状には俊寛の名前だけが記されていない。困惑する俊寛に丹左衛門尉たんさえもんのじょう基康もとやす(尾上菊之助)は平重盛しげもりの計らいによって俊寛も許されることを告げる。しかし、都に残した俊寛の妻東屋あずまやは平清盛の命で殺害されていた。

大阪松竹座開場100周年記念の「七月大歌舞伎」は〔2023年7月〕25日まで。昼の部は「吉例寿曽我」「京鹿子かのこ娘道成寺」「沼津」。夜の部は「俊寛」「吉原ぎつね」。

(電)0570・000・489。

(2023年7月12日付 読売新聞夕刊より)

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