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2024.3.18

仁左衛門伝授 等身大のリアル ― 中村隼人主演「女殺油地獄おんなごろしあぶらのじごく

歌舞伎役者にとって、当たり役との出会いは、役者人生を左右するほど大きな意味を持つ。生涯演じ続ける人もいれば、ある時点で「一世一代」と銘打ち、封印する人もいる。

人間国宝の片岡仁左衛門は1964年、孝夫を名乗っていた20歳の時に「女殺油地獄」の主人公・与兵衛よへえを演じて、出世作となった。

近松門左衛門の作品中、衝動殺人が題材の異色作は、現代劇に通じるリアリティーに貫かれている。斬新過ぎたためか、江戸の初演以来長く上演が途絶えていたが、明治期に上方の役者・二代目実川延若えんじゃくが歌舞伎で復活させた。

片岡仁左衛門の当たり役・与兵衛に初挑戦した中村隼人=いずれも松竹提供

その長男・三代目延若に仁左衛門は教わった。後に「主人公と同年代の役者の『なま』の演技が新鮮でリアルだったから好評をいただいた。芸の力ではない」と振り返っている。

作品の本質を見抜いた慧眼けいがんだろう。上演の度に解釈を深め、上方の和事味を加えるなどの工夫を凝らして11公演、重ねてきたが、「この役は若さに勝るものはない」との境地に至り、2009年、脂の乗りきった65歳で演じ納めた。

今月〔2024年3月〕、京都・南座では、30歳の伸び盛りの中村隼人が、仁左衛門に教えを請い、監修下で、この役に初挑戦している。

没後300年の節目を迎えた近松門左衛門の作品の魅力を伝えるリアルな演技で喝采を浴びた

すらりと伸びた手足、端正な隼人の容姿は、若き日の仁左衛門をほうふつとさせる。親に勘当され、借金に困り果て、とぼとぼと花道を歩む姿には愛嬌あいきょうもにじみ、甘えん坊で見えっぱりの、どこにでもいそうな青年を等身大の「生」の演技で見せた。

与兵衛が凡庸であればあるほど終盤、残忍な殺人者に変貌へんぼうする急展開に驚きと恐怖が広がる。油屋仲間の妻・お吉(中村壱太郎かずたろう)を執拗しつように刺し殺す場面には、歌舞伎の様式美、嗜虐しぎゃく美が生かされた。

「三月花形歌舞伎」で共演した(左から)隼人、中村壱太郎、尾上右近。「女殺油地獄」では壱太郎はお吉、右近はお吉の夫・七左衛門を演じた=いずれも松竹提供

80歳を迎える大看板の仁左衛門から、50歳年下の隼人へ。上方を代表する役者から東京の花形へ。ベテランは惜しみなく与え、若手は吸収してさらに磨く。綿々と続く努力によって伝統の灯は守られていく。

(編集委員 坂成美保)

「将門」で妖艶ようえんな美しさを見せた壱太郎

◇三月花形歌舞伎

〔2024年3月〕24日まで、京都・南座。演目・配役は松プロと桜プロの2種類。松プロは尾上右近が初役で治兵衛を勤める「河庄」と壱太郎、隼人による「将門」。桜プロは「女殺油地獄」と壱太郎、右近の「将門」。

治兵衛に挑戦する右近は「熱演、力演だけではなく、内面的なもの、脚本への理解や愛情を大切に勤める」と目標を掲げ、壱太郎は「将門」について「近松の濃いドラマの後なので派手なスペクタクルを見せたい」と意気込みを語る。(電)0570・000・489。

「河庄」では治兵衛に挑戦した右近

(2024年3月13日付 読売新聞夕刊より)

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