日本美を守り伝える「紡ぐプロジェクト」公式サイト

2024.6.27

能装束製作120年 品格・精神性支え ― 老舗4代目・文化庁選定保存技術保持者 佐々木洋次さん

織機を巧みに操り、文様を織り込んでいく佐々木洋次さん(京都市上京区で)=いずれも川崎公太撮影

能楽師は幼少より「魂が宿る装束(衣装)をまたいではならない」としつけられる。複雑な文様が織り込まれた華麗な装束は、登場人物の品格を象徴し、能楽の精神性をも支えてきた。京都・西陣に120年間、能装束を専門に作り続けてきた家がある。佐々木家4代目当主で、文化庁の選定保存技術保持者の佐々木洋次さん(67)を訪ねた。(大阪編集委員 坂成美保)

草花の文様が鮮やかな能装束。佐々木さんが手がけた

図案から自ら管理 技法伝える著書も

カタン、カタン……。織機の音がリズミカルに刻まれ、みるみるうちに花やちょうの文様が浮かび上がる。7台のジャカード機(織機)が並ぶ工場で、6人の職人が無心に手を動かしている。動力を使わない手動の木製織機は、今では珍しいという。

木製で手動の織機を使用する工場は西陣でも珍しいという

佐々木さんは、明治創業の能装束製作の老舗に長男として生まれ、6歳から能楽師の下で、うたい仕舞しまいを学んだ。能の詞章に親しんだ経験は、職人になってから役立った。「この演目のこの役」。注文を受けた際に、即座に役やストーリーが浮かび、装束の色彩や文様をイメージできる。

能・狂言各流派の家元や人間国宝ら著名な能楽師から注文を受け、歌舞伎役者の坂東玉三郎さんの衣装も手がけた。

数多くの工程を経るため、分業が進む織物業界だが、図案設計から、糸染め、経糸たていとの準備をする「整経せいけい」、織り、裁断・仕立てまでの作業を、すべて自ら管理する。受注から完成までに半年前後。お披露目の舞台は、装束の完成度を確かめる時間でもある。

絹糸を染める段階から裁断・仕立てまで、数多くの工程がある

「もっとこうすればよかったと反省ばかりで、満足することはめったにありません。根気よく繰り返すなかで完成度は高まりますが、年齢とともに視力や体力、集中力は衰える。年を重ねても、せめて感性だけは磨き続けたいですね」

高度な技法を「後進に伝え残さなければ」との思いから、2022年には、製作過程や伝承の技術、装束の分類をまとめた著書「能装束精解 製作の現場から」(ひのき書店)を刊行した。

近年特に力を注いでいるのは、江戸期の装束の複製だ。劣化が進み、実際に着用することができない装束のレプリカを作る。昨年は、国立能楽堂が所蔵する加賀藩前田家伝来の「白地しろじ御簾牡丹みすぼたん折枝模様おりえだもよう縫箔ぬいはく」の複製を手がけた。

白地の繻子しゅすに、金銀の箔を施し、中国で最も高貴な花とされる牡丹を刺繍ししゅうした優美な装束。現物を詳細に観察し、最も近い発色を求めて絹糸を染め上げていく。作業を通じて、当時の職人のデザイン力に何度も感嘆した。

「恐らくは『羽衣』など若い女性の役に使われた装束。現物は着用に堪えられないが、複製品は能楽師が袖を通し舞台にかけることもできる。モノを残せば、未来の職人がモノから学び取ることができます」。丹精込めた装束を、舞手がまとい、能舞台に映える日を心待ちにしている。

◇ささき・ようじ 1956年、京都市生まれ。1897年(明治30年)に京都・西陣で創業した佐々木能衣装に入社し、父・洋一さんに師事。1994年に社長に就任。2020年に文化庁が「能装束製作」の選定保存技術保持者に認定した。昨年、保存団体として追加認定された「能装束製作技術保存会」の代表も務める。

(2024年6月26日付 読売新聞朝刊より)

Share

0%

関連記事