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2024.11.13

詞の共鳴 生む緊迫感
仮名手本忠臣蔵 七段目

由良助が開いた密書を、おかるが手鏡に映してのぞく。縁の下には敵方の九太夫が潜み、緊張が高まる=いずれも河村道浩撮影

人形浄瑠璃文楽で演奏される義太夫節の詞章ししょうは、地の文とことば(せりふ)に大別される。語り手である太夫は通常、地の文と複数の登場人物のせりふをひとりで語り分ける。

眼前で繰り広げられるリアルな会話と、第三者的な俯瞰ふかんの視座を持つ地の文が混交するのは、文楽ならではの醍醐だいご味。入り組んだ詞章の語り分けは、太夫の腕の見せ所でもある。

ところが、国立文楽劇場で今月〔2024年11月〕上演されている「仮名手本忠臣蔵」(全十一段)の七段目は、地の文が少ない。人物の会話によって物語が進行する。

(左) 密書を広げた由良助
(右)おかるは2階座敷から手鏡を手に、密書を読む

語りの形式も、複数の太夫が登場人物を一役ずつ担う「掛け合い」がとられる。音楽性を重視した「景事けいごと」と呼ばれる舞踊や「道行みちゆき」で使われる形式。物語主体の「段物だんもの」、「妹背山いもせやま婦女庭訓おんなていきん・山の段」「阿古屋あこや」など、限られた演目でしか見られない。

由良助役の竹本千歳太夫(右から2人目)と三味線弾きは同じ「肩衣かたぎぬ」を着用して「床」に座す

上手に常設の張り出し舞台「ゆか」には、由良助ゆらのすけ役の切場きりば語り・竹本千歳太夫ちとせだゆうらがずらりと並び、後半は遊女おかる役の豊竹呂勢太夫ろせたゆうが加わる。前半は、下手にも小ぶりの床が特設され、おかるの兄・平右衛門役の竹本織太夫おりたゆうが座す。

千歳太夫は「六段目までの雰囲気がパッと変わり、長い芝居の気分転換になる段。複数の声質が絡み、互いのイキ一つでテンポ良く進む。太夫同士の芸が共鳴し、化学反応が起きるのも楽しみです」と語る。

前半は舞台下手に小さな「床」がしつらえられ、平右衛門役の竹本織太夫(左端)は床本(台本)なしで語る

あだ討ちなど忘れたふりをして京の遊里、祇園一力茶屋に入り浸る由良助は、つり灯籠の下でこっそり、主君の妻からの密書を読む。恋文だと勘違いしたおかるは2階座敷から、手鏡に映して読んでしまう。おかるのかんざしが落ち、気配を察する由良助。読まれたのであれば、おかるを殺すしかない。

〈由良さんか〉
〈おかるか。そもじはそこに何してぞ〉

さらに縁の下には、敵方のスパイ、おの九太夫が潜み、盗み読む。

一触即発の場面。せりふの応酬に緊迫感がみなぎる。

(編集委員 坂成美保)

11月文楽公演 〔2024年11月〕24日まで、国立文楽劇場。第1部は「仮名手本忠臣蔵」の大序から四段目まで。第2部は、狂言が原作の「靱猿うつぼざる」と「忠臣蔵」の五段目から七段目まで。
 赤穂浪士の討ち入り事件を題材にした「仮名手本忠臣蔵」は人形浄瑠璃3大名作の一つ。竹田出雲、三好松洛しょうらく、並木千柳せんりゅうの合作で、1748年に初演された。登場人物を「太平記」の時代に置き換え、赤穂藩主・浅野内匠たくみのかみ塩谷判官えんやはんがん、大石内蔵助は大星由良助となっている。
 七段目では、遊興にふける由良助の様子を密偵となった斧九太夫が探りに来る。由良助は偶然、密書を読んだおかるを殺すしかないと考え、身請け話を持ちかける。☎ 0570・07・9900。

(2024年11月13日付 読売新聞夕刊より)

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