日本美を守り伝える「紡ぐプロジェクト」公式サイト

2024.9.17

獅童 ― 母と紡いだ夢舞台 九月花形歌舞伎「あらしのよるに」(京都・南座)

()

月明かりの下、敵対するオオカミとヤギでありながら、絆を深めていく「がぶ」(右、中村獅童)と「めい」(中村壱太郎)=いずれも川崎公太撮影

中村獅童しどうは20歳代の頃、歌舞伎界では役に恵まれない不遇を経験した。父は早くに役者を廃業したため、後ろ盾がない。東西の人気役者が勢ぞろいする京都・南座の顔見世かおみせでは、せりふのない端役が続いた。

ふてくされ、主役の夢を諦めかけていた時、滞在先のホテルに母の置き手紙があった。〈自分を信じなさい〉と書かれていた。

初めて「座頭ざがしら」を勤めるチャンスが巡ってきたのは2015年9月の〔京都・〕南座公演。座頭は、出演者を束ね、演目選びから演出に至るまで、公演全体を取り仕切る。獅童には長年温めてきた企画があった。

動物らしい、機敏な動きに、歌舞伎舞踊で鍛えた身体能力が発揮された(左から獅童、壱太郎)

絵本発刊30年記念再演
動物の物語「古典」と融合

それは、オオカミとヤギの友情を描いた人気絵本シリーズ「あらしのよるに」の歌舞伎化。絵本との出会いは、NHKの子ども向け番組「てれび絵本」で朗読を担当した03年まで遡る。

ちょうどその年、古典歌舞伎「義経千本桜・四の切」で、母ぎつねを慕う源九郎狐役を演じ、動物が登場する歌舞伎の面白さを実感していた。「この絵本は歌舞伎になる」と直感した。

まず、母に打ち明け、2人で意気投合した。芝居好きの母は自ら企画書をしたため、松竹のプロデューサーに託したが、実現を見届けないまま、13年に急逝した。

ストーリー展開には、古典歌舞伎によく登場する「お家騒動」の骨格が生かされた

草食動物を「えさ」としてきたオオカミが、嵐の夜に知り合ったヤギと心を通わせ、「食べたい」欲望を抑えて友情で結ばれる物語。

暗闇で互いを探り合う演出「だんまり」、色鮮やかな「隈取くまどり」の化粧、拍子木の打音「つけ」に合わせる見得みえや立ち回り……。培った古典歌舞伎の演出や知識を総動員して、動物ファンタジーを紡いでいった。

新作歌舞伎「あらしのよるに」は大ヒットし、東京・歌舞伎座、福岡・博多座でも再演。今月〔2024年9月〕、絵本発刊30年を記念して再び南座で上演されている。

獅童演じるオオカミの「がぶ」は幼い頃、仲間になじめず、父オオカミのこんな言葉で勇気づけられる。〈おのれを信じ、おまえはお前らしく生きたらよい〉

悩める獅童に、母が与えてくれた励ましの言葉と同じだ。6月に初舞台を踏んだ息子たち、6歳の陽喜はるき、4歳の夏幹なつきと、この作品で共演する日も遠くないだろう。今度は自分が息子たちに伝える番だと思う。(編集委員 坂成美保)

「~でやんすね」と、原作そのままの「がぶ」の語尾がユーモラスに響く
ずる賢い「ぎろ」(右端、中村錦之助)は、オオカミのリーダーに成り上がる
歌舞伎らしい隈取りの化粧が映える
古典歌舞伎の「雪姫」を思わせるとらわれの姫を演じる坂東新悟(手前)とダークヒーローぶりを発揮した中村錦之助
絵本の世界観を大切にしながら、歌舞伎ならではの細部の演出で魅了している

◇九月花形歌舞伎 〔2024年9月〕26日まで、京都・南座で上演中。原作絵本「あらしのよるに」(きむらゆういち作、あべ弘士ひろし絵)は1994年に刊行され、シリーズは国内外で380万部を超えるベストセラーになった。
 嵐の夜、山小屋で偶然出会ったオオカミの「がぶ」(獅童)とヤギの「めい」(中村壱太郎かずたろう)は、雷鳴に震えながら、暗闇の中で語り合う。翌日、約束通りに再会を果たし、お互いの姿を見て驚くが……。
 南座公演のチケットは(電)0570・000・489。12月には、東京・歌舞伎座の「十二月大歌舞伎」(3~26日)でも上演される。歌舞伎座公演のチケット発売は11月14日。

(2024年9月11日付 読売新聞夕刊より)

Share

0%

関連記事