「カラーン、コローン」と下駄の音を響かせて、美しい幽霊が燈籠を手に恋しい男の元に通う。幕末から明治にかけて活躍した落語家・三遊亭円朝の怪談噺「牡丹燈籠」は、明治期に歌舞伎化され、大当たりを取った。現代では、劇作家・大西信行が文学座に書き下ろした脚本でも知られる。過去3回、大西本で出演した人間国宝の坂東玉三郎が「数少ない笑える怪談」と評する作品だ。〔2023年〕8月の京都・南座公演では、片岡愛之助を相手役に迎える。(編集委員 坂成美保)
「真面目な芝居の中で笑える芝居を探してみたことがあるんです。日本には意外と笑える芝居が少ない」と玉三郎。思い浮かんだのは「ふるあめりかに袖はぬらさじ」(1972年初演)と大西本の「怪談牡丹燈籠」(74年初演)だった。どちらも文学座の名優・杉村春子の当たり役で、後に玉三郎も演じた。
文学座の「怪談牡丹燈籠」を見た玉三郎は、杉村のせりふで客席に笑いが起きたことに感動したという。「大西先生の本は笑いの中に人間模様が出てくる。人間の切なさがある。ほかの怪談にはない、特別な芝居、独特な芝居で大好きです」
大西本は、幽霊に惚れ込まれた新三郎の下男、伴蔵とお峰の夫婦がクローズアップされている。妻が夫をそそのかし、幽霊から手に入れた大金で荒物屋「関口屋」を開業する。貧乏暮らしを抜け出し、裕福になったものの、次第に「心の闇に入っていく」。夫の浮気を巡る「夫婦げんか」も見せ場の一つだ。お峰を演じるのは玉三郎。伴蔵に愛之助が初役で挑む。
愛之助は、伴蔵の本質を「生きることに強い心を持っている。生への執着が強い。内弁慶で妻にはわっと感情を出すくせ、怖がりで、かわいいところもある」と分析。「人間の色んな面を出すことができれば。怖いのは幽霊よりも生きている人間の気持ちです」と語る。
玉三郎は「裕福になったことで生じる夫婦のすれ違い」に焦点を当てて、会話劇の妙味を重視する。「江戸の世話狂言を愛之助さんがどう料理するのか、期待でいっぱいです。お互いに遠慮なくつかみ合いで芝居をしたい」
演出面でも玉三郎の工夫が生かされる。大西本では円朝自身も登場人物の一人で、高座の場面が盛り込まれているが、玉三郎は今回、円朝を登場させない。「新劇で落語もどきをやるのは楽しい演出ですが、今回は芝居の流れが途切れないようにと工夫しました」
◇坂東玉三郎特別公演「怪談牡丹燈籠」
旗本の娘・お露は、ひと目ぼれした浪人・新三郎(喜多村緑郎)に恋い焦がれて死んでしまうが、後追い自殺した乳母・お米(上村吉弥)とともに幽霊になって、牡丹を描いた燈籠を手に、新三郎を訪ねてくる。新三郎の下男・伴蔵(愛之助)とお峰(玉三郎)の夫婦は、100両の大金を受け取り、幽霊を新三郎に引き合わせる。
幽霊からもらった100両を資金に、荒物屋を開店した伴蔵夫婦。伴蔵は酌婦・お国(河合雪之丞)に入れ揚げ、店に通い詰める。嫉妬に駆られたお峰は伴蔵を問い詰めるが……。
〔2023年〕8月3~27日、京都・南座。午後2時開演。9、15、22日は休演。(電)0570・000・489。
(2023年7月26日付 読売新聞朝刊より)
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