東京・東銀座の歌舞伎座で11月26日まで公演中の「吉例顔見世大歌舞伎」。第三部では『
おなじみ「忠臣蔵」の物語だが、今回は勘平もお軽も登場しない。「仮名手本忠臣蔵」では語られていない「外伝」を集めた「もう一つの忠臣蔵」なのである。ほぼ「新作」ともいえるこの作品。大星由良之助を演じる中村歌昇さんに意気込みなどを聞いた。(事業局専門委員 田中聡)
歌昇さんが演じる由良之助は、史実で言えば大石内蔵助。赤穂浪士の討ち入りを指揮した重要人物である。今回は、序幕第四場「芸州侯下屋敷の場」と第五場「芸州侯下屋敷門外の場」と大詰第四場「花水橋引揚げの場」に出演する。
――由良之助(内蔵助)といえば、「忠臣蔵」のいろいろなお芝居で中心的な存在ですね。どんな役だという印象がありますか。ご自分でこれまで演じたことはありますか。
歌昇 『仮名手本忠臣蔵』の「七段目」の由良之助にしても、『元禄忠臣蔵』のなどの内蔵助にしても、播磨屋のおじさん(中村吉右衛門)、松嶋屋のおじさん(片岡仁左衛門)、高麗屋のおじさん(松本白鸚)など座頭役者が勤められている。観客の皆さんもよくご存じの、すごく大きな役をさせてもらえたと思います。わたし自身は平成25年、国立劇場での「伝統歌舞伎保存会研修発表会」で1日だけ「七段目」の由良之助をさせていただいたんですが、「役の性根、器の大きさ」を大切に演らせてもらい実感しました。作品によって違いはいろいろあるとは思うのですが、そこは共通しています。
――今回のお芝居は『元禄忠臣蔵』などでいう「南部坂雪の別れ」の場面ですね。
歌昇 そうですね。ただ、今回は『元禄忠臣蔵』ではなく、平成4年に国立劇場上演された『
「南部坂雪の別れ」は、講釈などでも有名な「忠臣蔵」の外伝の名場面。討ち入りを決意した大石内蔵助(今回の作品では由良之助)は、亡君の後室、瑤泉院のもとを訪れる。連判状を見せ、討ち入りについて報告しようと考えていた内蔵助だが、屋敷内に吉良(今回は高家)の間者が潜入していることを察知して…。
歌昇 「明日、討ち入りをします」と報告したいけど、そうは言えない状況なんです。心と裏腹に、「討ち入りなど考えていません」というような事を言って、葉泉院に亡君の位牌で
――今回は、幸四郎さん、(市川)猿之助さんという先輩も出演されていますが、そういう方々のアドバイスも重要なんですね。
歌昇 そうですね。わたし自身、「七段目」では三人侍で何度も出演させていただいています。播磨屋のおじさん、松嶋屋のおじさん、高麗屋のおじさんといった方々の由良之助を間近で拝見して、目の奥にしっかり焼き付けています。先輩方のアドバイスとともに、その「記憶」をどのように生かすことができるのか。まあ、色々考えてばかりいても仕方がないので、今できることをやるしかない、とは思っています。
――それにしても今回の『花競忠臣顔見勢』は面白い趣向ですね。『仮名手本』に比べて上演される機会が少ない外伝を集めて、いつもの「忠臣蔵」とはひと味違った物語を組み立てている。真山青果の『元禄忠臣蔵』ともまた違う。
歌昇 『元禄』は真山先生のものらしく、リアルな芝居の中に歌うようなセリフ回しもあるし、心理劇という感じです。今回は義太夫なども使いますから、感触としては『仮名手本』の方に近いでしょうか。「赤垣源蔵 徳利の別れ」とか、今ほとんど演じられない芝居も取り入れられているのも、嬉しいですね。
――その他、どんな趣向があるのでしょうか。
歌昇 討ち入りの何日か前から、時系列的に物語を追って行っているんですね。「この日、この人はこうした」「次の日、この人はこうした」という感じで。大詰は「土屋主税」(今回は「槌谷主税」)をもとにしているのですが、この芝居は吉良邸(今回は高家)への討ち入りが行われた当日、吉良邸の隣の旗本の家が舞台。話の途中で討ち入りの場面にして、「この時、こういうことが行われていた」というのをカットバックで見せています。
――なるほど、それは面白い趣向ですね。
歌昇 「討ち入り前夜」の物語は、赤穂浪士の面々が色々な人と「別れ」を交わす物語でもあるんです。その辺りも興味深い。『仮名手本』でも『元禄』でも「外伝」でも、「忠臣蔵」の物語は、浪士たちがいかに「討ち入り」を成功させるために準備・努力をして、どういう心でそれに立ち向かっていったかが描かれているんですね。スタイルは色々あったとしても、そこは共通しているんだな、と改めて思いました。
――11月に続き、12月、1月も歌舞伎座に出演されます。若手の皆さんの活躍も目立つようになってきました。
歌昇 コロナ禍以降、毎月出演させていただけるのは久しぶり。ありがたいですね。12月は(中村)勘九郎兄さんと(尾上)菊之助兄さんの『ぢいさんばあさん』に出演させていただきます。2022年も恒例の「新春浅草歌舞伎」が中止になったのですが、その座組で第三部に出させていただくことができて、ありがたく思っています。出演機会は増えてきましたが、まだまだそれに見合う役者になっているのかどうか……。修業しなければな、と思っています。
公式サイトはこちら https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/731
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