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2025.6.30

仁左衛門「現実見せる芝居に」— 七月大歌舞伎「熊谷陣屋」当たり役

八代目尾上菊五郎、六代目尾上菊之助 襲名披露(大阪松竹座)

八代目尾上菊五郎、六代目尾上菊之助の関西での襲名披露となる「七月大歌舞伎」(〔2025年〕7月5~24日、大阪松竹座)で、人間国宝の片岡仁左衛門が、人形浄瑠璃が原典の義太夫狂言の名作「熊谷陣屋」の熊谷次郎直実を勤める。これまでに12回演じてきた当たり役。役に向き合う心持ちを尋ねた。

「音羽屋の襲名披露の彩りに出させていただきます。八代目はこれからの歌舞伎を背負って立つ方です」と新菊五郎に期待を寄せる片岡仁左衛門=いずれも渡辺恭晃撮影

「この役はねぇ、黙っている時が一番しんどいんですよ」。「平家物語」の名場面として知られる美少年・平敦盛の最期。「熊谷陣屋」では、熊谷は源義経の意図をくみ取って敦盛を助け、我が子・小次郎を身代わりにしたという虚構になっている。

そうとは知らない敦盛の母・藤の方に責め立てられ、熊谷は「敦盛は実は生きている」という真実を告げたい気持ちをぐっとこらえる。花道の登場シーンから、すでに複雑な思いを抱えているという。

「熊谷には二つの悩みがあります。一つは自分の子を討った苦悩、もう一つはそれが本当に義経の暗黙の命令だったのか、自分は義経の心を読み違えていないかという迷い。立派な武士であろうとするが、父に討たれる時のせがれの笑顔が頭の中にあるんですね」

陣屋には妻の相模も到着しているが、もちろん小次郎が身代わりになったことは知らない。「首実検」の後、仁左衛門は息子の首を相模にそっと手渡す。「ここで一瞬、親子3人の顔が並ぶ。それぞれの思いで心境を表します。父(十三代目仁左衛門)から習ったのですが、昔からあった型だと聞いています」

制札の見得みえ」を始め、見せ場も多い。「若い頃はお客様の拍手を意識しました。見得を切って、声がかかると役者は乗るんですね。今は拍手が気にならなくなった。気持ちが役に入っているので」

 歌舞伎の演技の質も、時代とともに変化してきたという。「昔は、こういう物語です、と説明するような芝居が多かった。徐々に近代的な(心理描写の)要素が入ってきた」と振り返る。虚構であっても、リアルな演技を追してきた。

「いつも心がけているのはつくりものをお見せするのではなく、その現場をお見せしたい。タイムカプセルに入った現実を見せるような芝居にしたいということです」

熊谷役は中村錦之助との役替わりで上演する。

(2025年6月25日付 読売新聞夕刊より)

「初役の頃はただもうがむしゃらで形から入り、役の気持ちを深くつかんでいなかった。回数を重ねて、だんだん役になりきるようになってきました」と振り返る
複雑な思いを抱えた熊谷を勤める仁左衛門 ⓒ松竹

◆大阪松竹座 七月大歌舞伎の公式サイトはこちら https://www.kabuki-bito.jp/theaters/osaka/play/892

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