上方歌舞伎を支える成駒家一門のいとこ同士、中村壱太郎と中村虎之介が来月〔2025年3月〕、京都・南座で開幕する「三月花形歌舞伎」に出演する。舞踊劇「お染の五役」では壱太郎が5役の早替わりを披露し、虎之介も猿廻し役で共演。伊勢古市の遊郭で実際に起きた殺人事件を題材にした「伊勢音頭恋寝刃」では、互いに初役に挑む。(編集委員 坂成美保)
「恋に狂い、恋に戸惑い、恋に踊る」。壱太郎は全体のテーマを端的に言い表す。上演する「妹背山婦女庭訓・御殿」「お染の五役」は、いずれも男女の三角関係を描いた作品。「伊勢音頭恋寝刃」では、恋の裏切りが殺人へと飛躍する。「すべて恋でつながっています」
2021年スタートの若手公演「花形歌舞伎」に初回から出演。「劇場をテーマパークに」を目標に、松竹のプロデューサーや共演者と知恵を絞り、演目選びや演出、解説に工夫を凝らし、5年目を迎える。「平成生まれ世代が集結してアイデアを出し合い、手作り感のある公演。年々同世代の絆が深まり、ほかの座組でも生かされている」
「お染の五役」は、鶴屋南北作「お染の七役」を舞踊化した作品。原作の芝居を18年に東京・歌舞伎座で演じた経験も生きる。「芝居の要素を大切にストーリーが伝わるように踊る」
「松」と「桜」の2プログラムを用意し、「松」では江戸式の市川猿翁の型、「桜」では、上方式の祖父・坂田藤十郎の型と、2種類の演出に挑戦する。
「祖父の型は、上方のこってりした味わい。猿翁さんの型には、ショーアップされた江戸のかっこよさが詰まっている。二通りの演じ分けは、役者の技量が問われます」
壱太郎のいとこ、虎之介は「ずっと憧れてきた」という「花形」の座組に今回、初参加する。壱太郎は34歳、虎之介は27歳。上方歌舞伎の担い手として、共演機会も増えている。
「伊勢音頭」では、主人公・福岡貢を虎之介、貢をいたぶる仲居・万野を壱太郎が演じる。虎之介は、貢を当たり役としてきた人間国宝の片岡仁左衛門に初めて教わる。
「過去の舞台映像に学び、自由に個性を出すよりも、憧れの大先輩に一から百まで習い、演技を微細に学び取りたい」と虎之介。
貢は、周囲のいじめにひたすら耐える「ぴんとこな」と呼ばれる和事の役柄で、柔らかさの中に芯の強さを表現する。「周囲とのやり取りによって、貢の感情がどう移り変わるのかを明確に出していきたい」
クライマックスの殺人シーン「十人斬り」には、洗練された様式美が詰まっている。「ほかの演目にはない、何ともいえない美しさです」
「花形歌舞伎」の向かうべき理想像が明確にある。「出し物(演目)で役者の色を見せ、ライバルが競い合う場。仲良しこよしだけではだめだ」
その上で、壱太郎と自身の役割も理解している。「上方の失われつつあるものを、僕たちが回収していかなければいけない。乗り越えるべき課題はいくつもある。周囲の役者さんに支えてもらいながら、上方歌舞伎を盛り上げていきます」と決意を新たにした。
◇なかむら・かずたろう 1990年生まれ。中村鴈治郎の長男。母は日本舞踊吾妻流三世宗家・吾妻徳穂。95年に初代中村壱太郎を名乗り、初舞台を踏む。「曽根崎心中」のお初、「河庄」の小春、「封印切」の梅川など女形の大役を次々演じてきた。吾妻流七代目家元・吾妻徳陽としても活躍する。
◇なかむら・とらのすけ 1998年生まれ。中村扇雀の長男。2006年、初代中村虎之介を名乗り初舞台。近年、大役への抜てきが続いており、2月の大阪松竹座公演では「十種香」の武田勝頼、「義経千本桜・道行初音旅」の狐忠信に初役で挑んだ。
◇三月花形歌舞伎 3月2~23日、京都・南座。松プログラムは「妹背山婦女庭訓・御殿」「お染の五役」(猿翁型)。桜プログラムは「伊勢音頭恋寝刃」「お染の五役」(藤十郎型)。出演はほかに中村米吉、福之助ら。6、13日は休演日。☎0570・000・489。
(2025年2月26日付 読売新聞夕刊より)
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