〔2023年12月〕26日まで歌舞伎座で上演中の「十二月大歌舞伎」、第三部『天守物語』で図書之助を演じている中村虎之介さん。〔2024年〕1月2日から27日までの「壽 初春大歌舞伎」では、昼の部の『五人三番叟』と夜の部の『寿曽我対面』に出演する。初代中村鴈治郎から続く上方歌舞伎の名門、成駒家の次代の担い手。25歳の今、どんな想いで舞台に臨んでいるのか。(聞き手は事業局専門委員・田中聡)
――『天守物語』の図書之助は今年5月、姫路城での平成中村座で勤めたのが初役でしたね。今回は場所が変わって歌舞伎座。同じ役でも違いはあるものですか。
虎之介 劇場のサイズも違いますし、照明も音響も機材が違いますので、演出も違ってきます。それだけでなく、中村座では「ちょうどいい」と思った声の出し方が歌舞伎座では「力が入りすぎている」ように聞こえたり、あちらでは良かった間の取り方がこちらではもたついているように見えたりするんです。幕が開いて何日かは、(演出の坂東)玉三郎さんのダメ出しをいただいて、修正しました。
―― 役そのものの性根は変わらなくても、劇場によって演技は変わってくるんですね。そもそも図書之助を演じる際には、どんなことを重要視されているんですか。
虎之介 この作品は、恋愛物語のように見られがちですが、図書之助は富姫を尊敬している。“敬愛”の心持ちを重要視しています。具体的に言うと、美しく気高い姫に対して敬う気持ちが強いから、その目を直視する時間を少なくしています。図書之助自身については、「武士であること」を意識し、幼く見えないように、低い声を使うようにしています。見ている方々にとっては、(市川)團十郎さんのイメージが強い役だと思いますし、泉鏡花作品のいちファンとして、團十郎さんの図書之助から放たれる華が鏡花作品の世界観とぴったり合っていて素敵だなと感じていました。自分も同じようにとはいかないので、私は私なりの図書之助像を大切にしながら勤めています。
中村虎之介さんは1998年1月8日生まれ。父親は女方のベテラン、三代目中村扇雀さんで、祖父は人間国宝だった四世坂田藤十郎だ。初代中村鴈治郎からつながる上方歌舞伎の名門である。平成13(2001)年11月、林虎之介の名前で歌舞伎座『良弁杉由来』の光丸を勤め、初お目見得。平成18(2006)年1月、歌舞伎座『伽羅先代萩』御殿の千松で初代中村虎之介を名乗り、初舞台を踏んだ。上方歌舞伎出身らしく、立役、女方をともに手がける「兼ねる役者」である
―― 年が明けて1月も歌舞伎座への出演ですね。昼の部が『五人三番叟』の三番叟、夜の部が『寿曽我対面』の八幡三郎。どちらも「ご祝儀物」のお芝居で、正月らしくめでたい感じです。
虎之介 そうですね。嬉しいことです。5人で三番叟を踊ることには、前例がないそうです。振り付けは藤間のご宗家(八世藤間勘十郎)にお任せしているのですが、どんな一幕になるのか。出演する5人がほぼ同世代で、私と中村福之助くんが一番年上になるんですが、みんなを引っ張っていく役割は福之助くんが適任なので、彼にお任せしようかな、と(笑)。身近に中村勘九郎さんという踊りの名手がいるので、影響を受けて近づこうとしてしまうのですが、自分の色を出して踊っていきたいですね。
――『対面』の方はいかがですか。
虎之介 昨年11月の平成中村座では朝比奈を勤めました。『対面』という芝居自体、赤っ面から女方まで様々な役がありますが、自分が朝比奈をやるとはそれまで思っていなかったし、やってみたらとても楽しかったんです。私は立役も女方も演じますので、この芝居については「どの役もやりたいな」と思いました。『対面』のすべての役をコンプリートするのがひとつの目標ですね。
―― 立役と女方、どちらがお好きなんですか。
虎之介 昔は立役の方が好きな時期もありましたが、今は少し考えが変わってきました。女方をやっていると立役の気持ちが良く分かるし、立役をやっていると女方の気持ちが良く分かる。メジャーリーグの大谷翔平選手じゃないですが、「二刀流」でやりたいな、と今は思っています。
虎之介さんの祖父、四世坂田藤十郎(1931~2020)が1953年、250年ぶりに復活上演した『曽根崎心中』は大評判を呼んだ。当時の名前、扇雀が「扇雀飴」という菓子の名前になったほどである。その後も、近松門左衛門作品を数多く手がけ、上方歌舞伎の復興プロジェクトでも主導的な役割を務めた名優である
―― 上方歌舞伎の名門の出身だけに、その継承には強い思いがあると思いますが、いかがでしょう。
虎之介 『曽根崎心中』や『河庄』、『封印切』といった祖父の当り役を早く手がけたい、という気持ちは、もちろんあります。ただ、色々な役をやればやるほど、祖父の偉大さを痛感するんですよね。『天守物語』もそうですが、今は先輩方が演じてきた大きな役に、とにかく挑戦してしがみつくことが必要な時だと思っているんです。目の前のことをこなしていって力を付けて徐々に目標に近づきたい。焦ってはいけない。「芸はゆっくり学べ」。祖父が教えてくれたこの言葉を胸に刻んで、いつも舞台に臨んでいます。
「壽 初春大歌舞伎」の公演情報はこちら:
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/851
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