2023.10.16
三遊亭圓朝の作った人情噺「文七元結」が原作の『人情噺文七元結』は歌舞伎でもおなじみの演目である。そこに映画監督の山田洋次さんが新たな趣向を加え、92歳にして初めて歌舞伎の演出に取り組んだのが、「錦秋十月大歌舞伎」(東京・東銀座の歌舞伎座で〔2023年10月〕25日まで)昼の部の『文七元結物語』だ。女優の寺島しのぶさんが出演していることでも話題のこの舞台、妓楼「角海老」の女将・お駒を演じているのが、片岡孝太郎さんだ。(聞き手は事業局専門委員・田中聡)
――『人情噺文七元結』といえば、(尾上)菊五郎さんや(十八代目中村)勘三郎さんが得意にした演目。圓朝原作でもあり、いかにも江戸、という雰囲気のお芝居ですよね。孝太郎さんは、上方歌舞伎の「松嶋屋」の役者ですから、あまり出演されている印象がないのですが、いかがでしょう。
孝太郎 そうですね。お久役を1度勤めたことがあるぐらいです。ただ、伯父(二代目片岡秀太郎)がお駒を何度も演じていますので、どんな役かという大体のイメージは出来ていました。
―― とはいえ、今回は山田監督の脚本・演出ですから、今までの舞台とはまるっきり違いますよね。結構長く稽古期間も取られた、と聞いています。
孝太郎 山田監督が「落語をもとに一から舞台を作りたい」というお話だったので、まずは「先入観を持たずに舞台に臨もう」と思いました。構成も舞台セットも全然違いますからね。今までの舞台とは全く違う、斬新な装置を見て「これで(新しい芝居を)やるんだなあ」と、ちょっと感慨深くもありました。
「文七元結」は今でも数多くの落語家が取りあげる人情噺の名作。本所のだるま横丁に住む左官の長兵衛は腕がいいが酒と博打が大好き。博打で負けが込んで年も越せない、という所に追い込まれたある日、娘のお久が家からいなくなってしまう。「どこにいったのか」と長兵衛と女房のお兼が心配している時に、吉原遊郭の大店、角海老の女将・お駒が「お久は家にいるから、長兵衛さんすぐに来てくれ」という伝言を店の者を通して伝えてくる……。六代目、七代目の尾上菊五郎、十七代目、十八代目の中村勘三郎が長兵衛を得意にしてきたこの作品、今回は孝太郎さんがお駒、中村獅童さんが長兵衛、寺島しのぶさんがお兼、中村玉太郎さんがお久という配役である
―― 山田監督の映画には、『小さいおうち』(2014年公開、松竹配給)に出演されていますね。
孝太郎 山田監督はもともと、9月アタマから稽古に参加できる役者を集めたかったそうですが、私は博多座に出演していて、それはムリだったんです。だけど「あの子は大丈夫だから」と博多座が終わってからの参加にOKを頂いて……。出演が決まって、電話でミーティングもさせていただきました。
―― 山田監督の演出は、いかがでしたか。「細かい」という声も伺いますが。
孝太郎 以前、十八代目勘三郎のお兄さんの『人情噺文七元結』のシネマ歌舞伎を山田監督が撮影されたことがあって、その時の経験から(中村)扇雀兄さんが「細かいよ」とおっしゃっていたんですが……その通りで、細かかったです(笑)。歌舞伎役者って、いろんな役でパターンの演技があって、それがみんな身についている。でも、山田監督の要求していることは、それを必ずしも良しとはしないわけです。その感覚の違いをどういうふうに咀嚼していけばいいのか――。山田監督と初めての出演者が多かったこともあり、映画に出演した経験がある私が、監督が何を言いたいのかを伝える“助手”みたいな役割にもなりました。そういう意味もあって、キャスティングしてくれたのか、とも思いましたね。
―― ご自分の「お駒」という役には、どんなことを言われたんですか。
孝太郎 電話でミーティングした時に言われたのは、「優しさの中にも厳しさがある」ということですね。さらに「色気がなければいけない」とも言われました。私がお久を演じた時にお駒は(九代目沢村)宗十郎のおじさんだったんですが、おじさんのお芝居を思い出しながら、役を作っていきました。
―― 今回の『文七元結物語』では、お兼の役で寺島しのぶさんが出ていらっしゃいます。歌舞伎座の舞台で、お久を女優さんが演じることは今までもありましたが、お兼は初めてではないでしょうか。
孝太郎 今回の配役は、私たちにとっても、とても大きなことです。しのぶさんは「男性に生まれたら歌舞伎役者になりたかった」と言っているぐらい、歌舞伎が好きな方。だからこそ、自分が歌舞伎座の舞台に上がる意味も分かっているし、一期一会だと思って役に臨んでいる。その気迫は私たちにも伝わってきます。初日、彼女が花道に出た時に、「音羽屋」という声がかかったんです。それを聞いて、じーんと来てしまいました。
―― お駒に呼ばれた長兵衛が角海老に行く際、『人情噺――』の方では、お兼の着物を引っぺがして自分が着て行くんですが、その演出は女優さん相手だと……というところもあるし、いろいろやり方が変わっています。山田監督は、先代の柳家小さん師匠に「真二つ」という新作を書くぐらい落語が好きな方ですから、この作品を手がけるにあたっても思うところは沢山あったんでしょうね、これまでの舞台とはまったく違う作品になっています。
孝太郎 そうですね。新しい作品になっていると思います。もとの形の『文七』も面白いですが、今回の演出も、きっとお客さんに気に入っていただける、と思います。
「錦秋十月大歌舞伎」の公演情報はこちら:
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/841
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