日本文学研究者、ドナルド・キーンさん(1922~2019年)が生前愛した古浄瑠璃の作品を、弟子の米国人研究者が英訳、歌舞伎化した。自ら浄瑠璃の語り手となり、キーンさんの養子で三味線奏者のキーン
誠己 とのコンビで〔2023年〕9月、東京と作品の舞台となった新潟県柏崎市で上演した。(読売新聞編集委員・坂成美保)
作品は「越後國柏崎
江戸前期の1685年に発表されたとみられるが、台本はドイツ人医師の手で長崎・出島から海外へ持ち出され、長い間所在が不明になっていた。
早稲田大の鳥越文蔵名誉教授が1962年、大英博物館に保管されている古浄瑠璃本を見つけ、後に翻刻。古浄瑠璃の素朴な味わいに魅了されたキーンさんの発案によって、2009年に柏崎市で人形浄瑠璃として復活上演され、17年にはロンドン公演が実現した。
キーンさんに米コロンビア大で教わり、能・狂言や歌舞伎、浄瑠璃を研究する米ポートランド州立大のローレンス・コミンズ名誉教授は「キーンさんが長年心を寄せてきた古浄瑠璃を英語歌舞伎として上演したい」と英訳に着手。自ら語りを担うため、キーン誠己に稽古をつけてもらった。
コミンズ名誉教授はこれまで、キーンさんが英訳した「仮名手本忠臣蔵」の台本を基に、米国の学生らと英語歌舞伎を上演。22年には早大で三島由紀夫作の歌舞伎「
9月20日、早大の大隈記念講堂で、同23日には柏崎市産業文化会館で、「ドナルド・キーン・センター柏崎」の開館10周年公演として披露され、米国人学生ら12人が役者として衣装を着けて出演。6段を約90分で上演した。
〈古浄瑠璃〉近松門左衛門作「
出世景清 」以前の叙事詩的な語り物。中世に仏教的な語り物として成立し、初期は琵琶や扇拍子、後に三味線の伴奏で語られた。神仏の霊験をモチーフにした古浄瑠璃に対し、「出世景清」は人間ドラマが軸になっている。以降、古浄瑠璃は徐々に衰退した。
(ここまでの写真は早稲田大学演劇博物館提供)
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英語歌舞伎を上演した感想を、三味線を担当したキーン誠己に聞いた。
歌舞伎の、それも英語の歌舞伎の
人形浄瑠璃の場合は、人形が太夫の語りと三味線に合わせてくれるので、演奏だけに集中すればよいのですが、歌舞伎の場合は、演奏の方が、役者の動きやせりふに合わせなければいけません。その違いが慣れるまでとても難しかったです。
コミンズ先生の歌舞伎のすごいところは、すべてが手作りということです。いわば、演劇の基本に立ち返るところから出発しています。先生の必死さ、何かを伝えようとする意志が学生さんたちに伝わって、いつの間にか全員がひとつの家族のような感覚になります。裏方でお手伝いしてくださった方たちも同様でした。
最終日は、皆さんとお別れするのがつらくなるくらいでしたが、素晴らしい経験でした。父ドナルド・キーンにも見てほしかったですが、天国から見てくれていたと思います。
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早大演劇博物館の児玉竜一館長の話
「日本の古典演劇を海外に紹介するために、キーンさんが長年果たしてきた役割は絶大だ。今は、その教え子の世代が米国で学生を指導し、日本文化への理解を広げてくれている。米国人が英語で歌舞伎を上演することは、例えるならば、日本人がシェークスピア劇を日本語に翻訳して、英国人の衣装で上演するようなもの。日本の近代は、そのような過程を経ながら、西洋文化を受容してきた。英語歌舞伎は、日本人にとっては自国の文化について再考する機会であり、演じる米国人にとっては貴重な異文化体験となる。その教育的効果も高い」
(2023年10月25日付 読売新聞夕刊より)
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