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2025.8.1

【大阪・関西万博開催記念 夏休み文楽特別公演】音で奏でる「絹の道」西遊記・完結篇 - 竹沢団七「作曲家は演出家でもある」 

2025大阪・関西万博開催記念 夏休み文楽特別公演

敵役の羅刹女(らせつじょ)と対決する孫悟空(右)と猪八戒(左)。ユニークな首(かしら)も数々登場する=永尾泰史撮影

一つの作品が、複数のジャンルで展開される「メディアミックス」。その発想の萌芽ほうがは、江戸時代にもあったようだ。

孫悟空の活躍を描いた中国・明朝の小説「西遊記」が日本に伝わり、ブームを巻き起こしたのは江戸・文化年間(1804~18年)。翻訳本「絵本西遊全伝」が刊行され、江戸版レンタル書店ともいえる貸本システムによって庶民に広がり、絶大な人気を呼んだ。

いち早く目を付けた敏腕プロデューサーが、人形浄瑠璃の興行界にもいたのだろう。1816年(文化13年)、人形浄瑠璃化して「五天竺ごてんじく」のタイトルで初演され、ヒットした。

1908年に上演された「五天竺」の番付(国立文楽劇場蔵)

昭和の終わり、1988年になって、現代口語を取り入れた新作文楽として刷新され、「西遊記」のタイトルで上演される。〔2025年〕7~8月、大阪・国立文楽劇場で、その「完結へん」が上演されている。

演出家・山田庄一が「五天竺」の詞章を引用しながら脚本を書き、文楽三味線の竹沢団七が作曲した。文楽では、三味線弾きが作曲も担うケースが多い。

89歳の竹沢団七は文楽界最年長として後進を率いる

「古典は口伝に忠実に演奏する。新作の作曲には、自分の感覚を生かし、自由につくる楽しさがある」と団七はいう。

手本にしたのは「文楽界屈指の名作曲家」とたたえられた三味線の野沢松之輔(1902~75年)。戦後に復活された「曽根崎心中」の作曲を手がけ、オペラを文楽化した「おちょう夫人」やシェークスピア原作の「ハムレット」など新作文楽の曲作りを担った名人だ。

「西遊記」で団七は「シルクロードの雰囲気を曲で表現すること」を目指し、かつて松之輔が考案した即席楽器「大弓おおきゅう」も取り入れた。大弓は、文楽でしばしば演奏される胡弓こきゅうの代わりに、太棹ふとざお三味線を立てて構え、弓で奏でる。低音がコントラバスにも似た重厚な響きをもたらす。

「作曲家は演出家でもあるんです」と団七。情景や人物の感情を表現するのはもちろんだが、新作では、人形が動く間や場面転換に奏でる「合いの手」が増える。詞章を読み込むと同時に、人形の動きや演出を想像して音で埋めていく。再演の度、台本は改訂され、曲もつくり直してきた。孫悟空の宙乗り、変身の術などの視覚効果も盛り込まれている。

三味線を弾きながら、旋律が浮かんだら、ばちを赤鉛筆に持ち替え、音階を「しゅ」と呼ばれる三味線譜に記す。「子どもにもわかりやすい」詞章を意識しながらも、音曲としての義太夫節の深遠を探り、一切手を抜かない。「西遊記」にはそんな団七の芸魂が込められている。

(編集委員 坂成美保)

2025大阪・関西万博開催記念 夏休み文楽特別公演

8月12日まで、国立文楽劇場。第1部・親子劇場は「西遊記・完結篇」「解説 文楽ってなあに?」。第2部・名作劇場は「一谷ふたば軍記」「桂川連理柵れんりのしがらみ」。第3部・サマーレイトショーは「伊勢音頭恋寝刃こいのねたば」「小鍛冶こかじ」。1、2部は通常通りの日本語字幕で上演。3部は英語字幕のみで上演される。(電)0570・07・9900。

(2025年7月23日付 読売新聞夕刊より)

孫悟空が金斗雲きんとうんに乗って飛び去る宙乗りもある
特別な首の孫悟空の人形
牛魔王(右)らとの立ち回りシーンが見せ場になる
作曲を手がけた竹沢団七(右)と語り手の竹本三輪太夫
羅刹女があおぐ大きな扇に孫悟空は吹き飛ばされる
激しい立ち回りで孫悟空たちは敵を倒す
手書きの三味線譜「朱」を見ながら、作曲の妙味を語る団七
野沢松之輔の手法に学んだ作曲術について語る

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