
国立劇場主催の文楽公演が〔2026年2月〕11~23日、横浜市のKAAT神奈川芸術劇場で開かれる。本能寺の変で織田信長を討った明智光秀を軸に、武将の苦悩や家族の悲劇を描いた「
「絵本太功記」は、織田信長を尾田春長、明智光秀を武智光秀、羽柴秀吉を真柴久吉と名を置き換えて、光秀が主君の春長を本能寺で討ち、久吉に討伐されるまでの13日間を、1日1段に分けて描く。
発端「安土城中の段」から始まり、六月

「妙心寺」は、光秀が母や息子の死に直面する「尼ヶ崎」に続く見せ場だ。春長を討った光秀は、主殺しが不忠として母に拒絶されて思い悩み、辞世の句を書き残して切腹を覚悟する。しかし、家臣の説得で思いを改め、久吉を討つ許しを得るため、宮中へ向かう。
「咲太夫師匠の光秀が、僕の中での光秀像です。表情、指先の動き、首の傾き加減まで覚えているんです」。長く文楽を先導し、2024年に亡くなった咲太夫さんの姿が脳裏に焼き付いている。8歳で咲太夫さんに入門し、10代の頃から稽古をつけてもらった思い入れの強い演目だ。
太夫は、人物のせりふや場面の状況など、物語の全てを一人で語る。咲太夫さんは稽古で、目をカッと見開き、声を震わせ、はらはらと涙を流した。さらに、辞世の句を書く筆を持つ手や首の動き、視線運びに至るまで、全ての動きを通して、浄瑠璃を語るとは、ここまで物語の世界に入り込むことなのだと、織太夫さんに伝えた。「師匠の語りは、力で押し切っているように聞こえたかもしれないが、ものすごく細かな仕事をしていた。全部が理にかなっていて震えるくらいかっこよかった」。咲太夫さんの一挙手一投足を再現する。

19歳で開いた人形の出ない素浄瑠璃の自主公演でも「妙心寺」に挑戦し、本公演では今回初めて勤めることに自分でも驚いたほど、何度も語ってきた。2024年に始めた「浄瑠璃を聴く会」では、弟子の竹本
咲太夫さんの父で、昭和の名人・八代目竹本綱太夫が名乗った織太夫を六代目として襲名し、8年がたった。「納得のいく舞台を一日でも長く勤めることが目標。明日できるのかなというくらい、ヘロヘロになるまで毎日を過ごしていますから」。鮮明に覚えている師匠の姿を目に浮かべ、覚悟を語った。
コンビを組む三味線は鶴沢
(2026年2月1日付 読売新聞朝刊より)
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