東京・国立劇場の11月歌舞伎公演(2020年11月2~25日)は二部構成で、第一部は中村吉右衛門さん、尾上菊之助さんが出演する近松門左衛門の傑作「平家女護島-俊寛-」を、第二部は片岡仁左衛門さん主演の「彦山権現誓助剣-毛谷村-」と、中村梅枝さんら若手俳優による舞踊「文売り」「三社祭」をそれぞれ上演している。出演する俳優らに、演目の見どころや意気込みを聞いた。3回に分けて紹介する。第一回は、 「平家女護島-俊寛-」 に出演する吉右衛門さん、菊之助さんを取り上げる。
【あらすじ】
平家一門が栄華を極めた平安時代。平清盛は平家打倒の陰謀に加担した僧の俊寛らを、薩摩国・鬼界ヶ島へ流罪にする。さらに、清盛は俊寛の妻・東屋に恋慕し、側仕えを強要するが、東屋は拒絶し自害してしまう。
俊寛らが鬼界ヶ島に流されて3年がたち、一行を赦免するという使者が島に到着する。赦免状には俊寛の名前がなく、俊寛は嘆き悲しむが、上使の一人・丹左衛門尉基康が俊寛を赦免すると記した平教経の書状を読み上げる。全員で都へ戻れることを知り喜ぶ一同だったが……。
「平家女護島」は、「平家物語」を題材に近松門左衛門が手がけた時代物で、その中でも俊寛の悲劇を描いた「鬼界ヶ島」の場面は、これまでもしばしば単独で上演されてきた人気作。今回の公演は、俊寛の妻・東屋が自害に追い込まれる「清盛館」の場面を併せて上演することで、俊寛の悲劇性をより一層際立たせる構成となっている。
中村吉右衛門さんが清盛と俊寛という敵対関係にある二役を、尾上菊之助さんが東屋と丹左衛門尉基康の二役を演じる。
1982年以降、国立劇場、歌舞伎座をはじめ、アメリカ公演でも俊寛を幾度となく演じてきた吉右衛門さん。制作発表の会見では「俊寛は、養父である初代吉右衛門が当てた役で、実父の8代目松本幸四郎(初代白鸚)から教わり、何とかやらせていただいた。今回は、菊之助くんに絶世の美人の妻をつとめていただく。菊之助くんの助力を得て、播磨屋にとっては大事な俊寛を成功させたいと思っています」と笑顔で語った。
今回の公演ならでは役作りのポイントとして、俊寛と東屋の関係に触れ、「近松の描く男女は、色街でくっついたり離れたりといった話が多いが、この作品は、離れて遠くにいる男女の愛を、しかも清盛に気に入られ自害することを夫に知らせないでと妻が訴える、究極の愛を描いている。それを受けて、『鬼界ヶ島』の俊寛はどうなるか……というのが今回の僕の課題ですね」と述べた。
吉右衛門さんは「芝居は、お客さまの喜怒哀楽に訴えて、笑って、泣いて、苦しみや悩みを流してもらう役割をになっているのでは」とした上で、「この『鬼界ヶ島』では皆さまに泣いていただいて、コロナのことも、色々な人生のこと、苦しいことを一時ぱっと忘れていただく。きざな言葉で言うと『カタルシス』でしょうか、お客さまに美しい涙を流して、気持ちを浄化していただければと思っています」と意気込みを語った。
一方の菊之助さんは、俊寛への出演は2度目。「岳父(吉右衛門さん)が本当に大切にしている作品に出させていただき、本当にありがたいことだと思っています」と、神妙な面持ちであいさつした。
今回演じる東屋について、「清盛になびかず、夫のために自害するという、女性の芯の強さを演じるとともに、清盛が一目ぼれをするほどの麗しさをどうすれば出せるかが課題です。清盛に何を提示されてもなびかず、ともかく夫のそばにいたいという思いで演じれば、自然と東屋になれるのでは。俊寛への思いを大事にして演じたいです」と意気込む。
前回の2018年の歌舞伎座では、俊寛とともに島に流された丹波少将成経の役で出演した菊之助さん。その際、吉右衛門さんの芸の力を目の当たりにして、大きな感銘を受けたという。「荒涼とした浜の一軒しかない小屋から岳父の俊寛が出てきた時に、『この人は何と寂しいところに一人で生きているのだろう』と胸にきまして。岳父の世界に入れば自然と鬼界ヶ島の世界に入っていく感じがしました」
物語の終盤、俊寛はある理由により、自らを犠牲にして島へ残ることを選択する。別れのシーンは舟に乗って進む成経ら一行が、見送る俊寛に声を掛け、別れを惜しむ。「本当に断腸の思い……つらい気持ちになってしまいました。(吉右衛門さんの)役になりきり、その場を作り上げる力、その世界にお客さまをいざなう力を肌で感じ、私も行く末はそのような芸を目指したいと思いました」と述べた。
国立劇場では、菊之助さん主演の3月公演を無観客での配信上演とし、9月までの公演を中止。歌舞伎界も、コロナ禍で大きな影響を受けた。
この間の思いを聞かれた吉右衛門さんは、「私ども役者は舞台に立たないと生きているとは言えない。それを今回ほど実感したことはなかったです。9月に(再開した歌舞伎座の)舞台に立てるようになった喜び、お客さまからの心からの拍手をいただいた時のうれしさ。本当に役者になって、生きていてよかったとつくづく感じました」と振り返った。
菊之助さんは、「毎月のように公演がある、当たり前だと思っていたことが当たり前でなくなることは、苦しいことで、恐怖すら感じました」とする一方で、「このピンチを乗り越え、チャンスに変えようというエネルギーが歌舞伎役者、若手、中堅全員に生まれました」と明かす。
「歌舞伎では、今までできなかった配信事業などにも乗り出しました。岳父も取り組まれて、改めて古典の神髄の力を感じました(※)。これから、楽しみ方は多様化してくると思います。伝統的な歌舞伎とテクノロジーとが共存し、どういうふうにすれば歌舞伎が生き残っていくのか、どうやって芸術として世界を広げていけるか。古典を受け継いでいく一方で、そういったことも勉強し、伝統と革新の連続してきた歌舞伎に対し恩返ししていきたいと思っています」
※吉右衛門さんは8月末、特別公演として、自ら書き下ろした「須磨浦」を配信し、熊谷次郎直実を演じた
https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_l/2020/21110.html
(読売新聞紡ぐプロジェクト事務局 沢野未来、写真: 園田寛志郎 )
開催概要
日程
2020.11.2〜2020.11.25
【第一部】12時開演(午後2時20分終演予定)
【第二部】午後4時30分(午後7時終演予定)
※開場は開演の45分前の予定
※10日(火)・18日(水)は休演
国立劇場大劇場
東京都千代田区隼町4−1
1等席 7,000円(学生4,900円)
2等席 4,000円(学生2,800円)
3等席 2,000円(学生1,400円)
お問い合わせ
国立劇場チケットセンター(午前10時~午後6時)
0570-07-9900
03-3230-3000[一部IP電話等]
0%