東京・国立劇場の10月歌舞伎公演(10月2日~26日)で、中村芝翫さんの主演で上演される「天竺徳兵衛韓噺」。国立劇場歌舞伎課長の渡邊哲之さんは、「今回の公演ならではの工夫にも注目してほしい」と話す。
歌舞伎はもともと長い物語。そのハイライトの部分だけを集めて上演するスタイルを、「よりどりみどり」にちなんで「見取り」と言う。そうした興行スタイルが多いが、今回は物語の最初から最後までを見せる「通し狂言」として上演される。「物語の世界を起承転結でじっくりお見せできるので、複雑な人間関係やお家騒動といった背景もわかりやすくなる。初心者の方にも、お芝居の世界に入り込んでいただけるのでは」と渡邊さんは期待する。
「天竺徳兵衛韓噺」の通し狂言は、1972年に国立劇場が74年ぶりに復活させた。1999年には尾上菊五郎さんの主演で再演し、今回に至る。「初演からこの演目を手がけてきた(菊五郎さんら)音羽屋の家に受け継がれてきた台本を土台にして、俳優らと話し合い、新たな演出を加えながら今日まで引き継いでいます。歌舞伎は、江戸時代のままのスタイルをただ受け継いでいるのではなく、現代のお客様に楽しんでもらえるよう、『活かす』工夫を重ねてきました」。その思いから、「復活」という言葉にこだわっているという。
工夫の一つが物語の冒頭、徳兵衛が、日本から天竺(インド)へと渡り、再び日本に戻ってきた旅の様子を面白おかしく語るシーンだ。沖縄サミットを翌年に控えた99年の上演では、安室奈美恵さんや女性グループSPEED(スピード)など、沖縄出身の歌手らがせりふに登場した。「その時その時の世相や演じる俳優のエピソードなどを加えることが多い。公演中はラグビーのワールドカップの開催時期でもあるので、関連のセリフが飛び出すかも……。しゃべりの芸を楽しんでください」
異国の話とタイトルにあるように、鎖国下にあった江戸の人々が「異国」と感じる要素も随所に取り入れられている。たとえば妖術の呪文には、「ハライソ」という、隠れキリシタンが使っていた言葉が使われている。座頭に化けた徳兵衛が弾くのは木琴。「唐から渡った」と劇中でも語られるが、歌舞伎で用いられるのは珍しい。実際に役者が舞台上で演奏しながら唄う。
今公演で主演を務める芝翫さんについて、渡邊さんは、「ただの船頭かと思っていたら、実は大明国の遺臣の息子であるとわかり、やがて日本転覆をたくらむ――というように、主人公はどんどんスケールが大きくなる。芝居が大きく、風格も堂々とした芝翫さんの芸はマッチしている。次世代の座頭俳優として、主演をお願いした」と明かす。
中村歌昇さん、大谷廣太郎さん、中村米吉さんら次代の歌舞伎界を担う若手らが大役を務め、芝翫さんの長男・橋之助さんも佐々木家の若殿・桂之介という重要な役どころだ。
今回出演する芝翫さんの弟子・中村橋吾さんは、国立劇場が伝統芸能の後継者養成を目的に主宰する「歌舞伎俳優研修」の研修生の出身だ。演技だけでなく、舞台上の立廻りの演出を決める「立師」も担当する。「次世代への伝承と歌舞伎の普及という国立劇場の役割を今後も果たしていきたい」と渡邊さんは話す。
あっと驚く仕掛けの数々に、じっくりとストーリーが楽しめる演出、そして脂ののった俳優陣と、見どころがそろう公演だ。「はじめて歌舞伎をみるという方でも、理屈抜きに楽しめる魅力でいっぱい。ぜひ劇場にお越しください」
(読売新聞紡ぐプロジェクト事務局 沢野未来)
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