
加賀前田家の文化財を守り伝える公益財団法人「前田育徳会」は今年、創立100周年を迎えた。藩政期の前田家は、京都から名工を招いた「御細工所」の設置など、文化政策に力を入れたことで知られる。特別展でも展示されるきらびやかな武具や工芸品、金沢城跡や江戸屋敷跡に残された堂々たる石垣や建物から、百万石の威風を感じ取ることができる。(多可政史)
加賀前田家の本拠として発展した金沢市。武家屋敷や用水路など城下町の風情が残り、国内外からの観光客でにぎわっている。
金沢城が出来る前は、「宗教都市」だった。加賀一向一揆の拠点として真宗寺院である「金沢御堂」が建立された。御堂の門前には商工業者が集い、金沢の都市化が始まった。本願寺と織田信長の対決(石山合戦)の結果、御堂は織田方に攻め滅ぼされた。
藩祖の前田利家は信長から能登国を与えられ、1581年に七尾城に入城。本能寺の変で信長が死去した後、織田勢力を二分した賤ヶ岳合戦で豊臣秀吉につき、勝利に貢献したことで加賀半国を与えられ、83年に金沢城主となった。
利家時代の自然石を積み上げた「

だが、2024年元日の能登半島地震で、隣接する兼六園を含めて計30か所の石垣に崩落や変形が見られた。石川県では、崩れた石の撤去やさらなる崩落を防ぐための応急対策を実施。25年度から石垣の解体作業を行い、今年度は一部で積み直しに着手する。
全体の復旧には15年程度かかる見通し。国史跡の金沢城の石垣は「文化財石垣」として歴史的価値も重視した修復が求められる。県金沢城調査研究所の滝川重徳副所長は「近世から近代にかけて培った伝統的な技法をもとに、それぞれの石垣の特性や被害状況を踏まえた復旧方法を検討していきたい」と話す。
一方で、解体修理は表面の築石だけでなく、背面に敷き詰めた栗石(小石)やその奥の盛り土などの石垣を支える構造を調査する機会にもなる。重要文化財の石川門周辺の石垣では、従来知られていなかった江戸時代後期の改修の痕跡が判明。本丸南の近代の石垣でも、直方体の石材の裏側が削られ、軽量化を図っていた実態が分かるなど新たな知見が得られた。
石垣復旧と並び、県が力を入れるのが藩主の住まいや政務の場として使われた「二の丸御殿」の復元だ。

金沢城は明治以降、陸軍の施設となり、戦後は金沢大のキャンパスとして活用された。1996年から県が金沢城公園として整備を始めて以降、
県公園緑地課は「二の丸御殿は、城の中心的な建造物であり、これまでの金沢城復元の総仕上げ。御殿の復元は、金沢城の価値や魅力の向上はもとより、次世代への技術の継承、能登半島地震で被災した職人の生業再建への寄与など、多面的な意義を有する」と強調している。
特別展「百万石!加賀前田家」
【会期】〔2026年〕4月14日(火)~6月7日(日)。
月曜休館(4月27日、5月4日を除く)。
午前9時30分~午後5時(金、土曜と5月3~5日は午後8時まで)
【会場】東京国立博物館 平成館(東京・上野公園)
【観覧料】一般2300円、大学生1300円、高校生900円。
【主催】東京国立博物館、公益財団法人前田育徳会、
NHK、NHKプロモーション、読売新聞社
【問い合わせ】050・5541・8600(ハローダイヤル)
【公式サイト】https://tsumugu.yomiuri.co.jp/kagamaedake2026/
(2026年4月5日付 読売新聞朝刊より)
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