映画「国宝」の大ヒットで、今年は「人間国宝」という存在にも注目が集まっている。文化財保護法が定める正式名称は、重要無形文化財保持者(各個認定)。制度発足後、最初の認定から70年を迎えた今年、関西在住の人間国宝5人が一堂に会する公演「人間国宝の至芸―源平の世界を聴く」が大阪・国立文楽劇場で初開催される。邦楽界の重鎮、
長唄唄方 の杵屋東成、筑前琵琶の奥村旭翠を紹介する。(編集委員 坂成美保)
長唄唄方 杵屋東成

きねや・とうせい 1949年、大阪市生まれ。双子の弟・二代目勝禄とともに父・初代勝禄に師事。53年に初舞台。2019年に松尾芸能賞優秀賞受賞。22年に人間国宝。喜寿記念の「東成會」が〔2025年11月〕16日、京都・先斗町歌舞練場で開催され、東成の孫、名生の孫が、東成の指導を受けて、長唄唄方で初舞台を踏む。
三味線と唄、
今回の舞台では、能を題材にした長唄「船弁慶」を演奏する。明治初期に、東成が所属する杵勝会を創始した二代目杵屋勝三郎が作曲した。「東成」は、元々二代目の俳号で、2009年に当時の家元・七代目勝三郎から贈られた。
二代目の曲は、同時代の三代目杵屋正次郎が作曲した歌舞伎舞踊「船弁慶」と比べて、「展開のドラマ性よりも、人物の心情をいかに伝えるかに重きが置かれている」という。
兵庫・大物浦を舞台に、源義経と静御前の別れを描いた前半と、壇ノ浦合戦で死んだ平知盛の亡霊が、義経一行の船を襲う後半で構成される。
「前半の静と後半の動が対照になっている。歌舞伎に例えれば、前半は柔らかな和事で、後半は勇壮な荒事。上方育ちの私は、和事のほうが得意で、荒事は苦手なので工夫を凝らしたい」と語る。
聴き所は静御前の悲しみの表現で、「静御前は白拍子で身分こそ低いが高い教養を備えた女性。だからこそ、義経と深い絆で結ばれ、互いを深く思い合っている」と人物像を掘り下げる。
三味線を担うのは双子の弟・杵屋
〈長唄唄方〉
長唄は江戸時代に様々な先行芸能を吸収しながら、歌舞伎舞踊の音楽として発展。明治以降は邦楽の演奏団体が組織された。弾き手「三味線方」と唄い手「唄方」のコンビで演奏し、曲によって鳴物が加わる。東成は唄方の首席「立唄 」。
筑前琵琶 奥村旭翠

◇おくむら・きょくすい 1951年、大阪市生まれ。73年に山崎旭萃に入門。2007年に筑前琵琶橘流日本橘会・大師範になる。15年に松尾芸能賞優秀賞受賞。16年に人間国宝。
「筑前琵琶が描くのは情の世界です」と語る。合戦の躍動感、主従や親子の別れの悲しみを表現し、ラストには、
小学校に入る前から、とにかく歌が好きで、木箱の上に立っては、美空ひばりや島倉千代子のまねをした。高校時代に、部活動で箏曲や三味線の手ほどきを受ける。
筑前琵琶との出会いは22歳の時。知人の紹介で、後に人間国宝となる師匠・山崎
筑前琵琶の2大流派の一つ、
クライマックスは、義経をかばって討たれ、息絶える継信と義経の別れの場面。身代わりになった継信の死を義経は深く悲しみ、手厚く弔う。「義経の温かさが表れる場面。家臣を愛し、家臣に愛された人物ですね」。原典である「平家物語」には、滅びゆく者たちが次々登場する。
「琵琶の音色には死者の魂を慰める力が備わっている。鎮魂歌でもあるんです」
〈筑前琵琶〉
明治中期に福岡・筑前地方で始まった琵琶音楽。三味線音楽の影響を受け、調弦も三味線に準じる。薩摩琵琶と比べると楽器や撥はやや小ぶりで優雅な音色が特徴。楽器には四弦と五弦があり、五弦は複雑な装飾音も表現できる。橘会と旭会が2大流派となって発展してきた。
28日午後5時、国立文楽劇場。プログラムは、いずれも人間国宝の奥村旭翠による筑前琵琶「屋島」、常磐津
(2025年11月13日 読売新聞夕刊より)
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