日本美を守り伝える「紡ぐプロジェクト」公式サイト

2025.7.11

菊五郎、菊之助と襲名披露 ―「江戸の風」八代目が継ぐ

七月大歌舞伎 「髪結新三かみゆいしんざ」「羽根の禿かむろ」(大阪松竹座)

幕末から明治にかけて活躍した歌舞伎作者・河竹黙阿弥もくあみが描く小悪党たちは、いなせで気っぷがいい。ある時は悪事を働いて不敵な笑みを浮かべ、ある時は虐げられた庶民の鬱憤うっぷんを晴らす。無頼漢ながら魅力にあふれている。「髪結新三かみゆいしんざ」の主人公もそんな一人だ。

忠七(手前、中村萬太郎)をだました新三(八代目菊五郎)は、お熊の誘拐に成功すると態度を急変させ、忠七を足蹴にする=いずれも前田尚紀撮影

1873(明治6)年、五代目尾上菊五郎によって初演された。明治という時代の空気を反映して、五代目は、精緻せいちでリアルな演技を模索し、大正・昭和期の名優で踊りの名手でもあった六代目が洗練を重ね、現在の七代目がさらに磨き上げてきた。

父・七代目の薫陶を受けた八代目は、今月〔2025年7月〕、大阪松竹座で開幕した襲名披露にこの演目を選んだ。父と息子、2人の菊五郎が同時代に並び立つことは、歌舞伎の長い歴史でも極めて珍しい。八代目は襲名に際して「菊五郎という大きな器にふさわしい役者」を目標に掲げ、黙阿弥作品に代表される「世話物」の継承を誓った。

「父の世話物には江戸の風が吹いている」と八代目はいう。中でも新三は憧れ続けてきた役で今回が3度目の挑戦。善良な奉公人・忠七をそそのかし、その恋人・お熊を誘拐する悪役だが、スカッと粋に演じなくてはならない。七五調の名調子が聞かせどころだ。

くしで髪をすく、なでつける、はさみで切りそろえる……。手際よく仕事をこなしながら、せりふを操る。誘拐した後は本性を現し、「ざまぁみやがれ」と捨てぜりふ。長屋住まいの髪結稼業のリアリティーと下町風情が随所ににじみ、七代目譲りの「江戸の風」を感じさせた。

金もうけをたくらむ新三(左)は、忠七の髪を手早く整えながら、甘言でそそのかす
材木問屋・白子屋の軒先で、立ち聞きをする新三

一方、親子で同時襲名した長男の六代目菊之助は長唄舞踊「羽根の禿かむろ」で愛くるしい禿を勤めている。「うかれ坊主ぼうず」との組み合わせで、六代目菊五郎の名演が語り継がれる作品だ。

「羽根の禿」で、あどけない少女を演じる菊之助。表情豊かに、メリハリの利いた踊りで観客を魅了した

菊之助は11歳。「襲名は高校生ぐらいになってからと思っていた」と戸惑いながらも決意を固めたという。一つ一つの振りを丁寧に踊り、大人顔負けの堂々たる舞台姿を披露した。

菊之助の母方の祖父は、2021年に惜しまれつつ亡くなった名優・中村吉右衛門。「音羽屋」「播磨屋」両方の芸を象徴する大器としてすくすくと育ってほしい。

(編集委員 坂成美保)

◇八代目尾上菊五郎、六代目尾上菊之助襲名披露 七月大歌舞伎 24日まで、大阪松竹座。昼の部は中村鴈治郎、壱太郎かずたろうらによる「野崎村」と「羽根の禿」「うかれ坊主」「髪結新三」。夜の部は片岡仁左衛門、中村錦之助の役替わりによる「熊谷陣屋」と「口上」「土蜘つちぐも」。10、17日は休演日。(電)0570・000・489。

(2025年7月9日付 読売新聞夕刊より)

「八代目尾上菊五郎 六代目尾上菊之助襲名披露興行」公演情報

「うかれ坊主」では洒脱しゃだつな願人坊主を勤めた
大器を予感させる11歳の菊之助の愛くるしい舞台姿

Share

0%

関連記事