1966年に開場した伝統芸能の殿堂「国立劇場」(東京都千代田区)が老朽化に伴って全面建て替えされる。人口減や娯楽の多様化で伝統芸能の担い手や鑑賞者の数が伸び悩む中、新たな劇場には、技能の保存継承と共に、文化観光拠点としての機能も期待される。「令和」時代における劇場の役割も問われている。
6月17日の国立劇場。中高年が多い普段の客層とは異なる制服姿の高校生が、大劇場の1階客席を埋め尽くしていた。「未来の観客」を育てようと、初心者向けに解説付きで上演する「歌舞伎鑑賞教室」だ。
しかし、にぎわいは建物内にとどまる。商業エリアに立地する他の劇場と比べ、官公庁施設に隣接する国立劇場は活気に乏しい。公演チケットの購入者しか中に入れない仕組みも一因だ。
「観光やビジネスなど多くの人々が集う魅力的なランドマークとなり、にぎわいを生み出す」。再整備計画の概要を発表した同日の記者会見で、日本芸術文化振興会(芸文振)の河村潤子理事長は、外に開かれた劇場への変革を打ち出した。新たな国立劇場は、来場目的を「観劇」に限定しない文化観光拠点を目指す。
再整備は民間の資金とノウハウを活用する「PFI」の手法で進め、ホテルやレストランを一体的に整備する。年内にも事業者を選定し、現在の施設は2023年10月末でいったん閉場。29年秋に再開場を予定している。PFI事業者には、インバウンド(訪日観光客)や若者など未開拓の層の利用を広げる方策なども提案してもらう。
伝統芸能の業界も再整備の動向を注視する。ある実演家は「海外の演劇人にそこに立ってみたいと思わせる劇場になってほしい。伝統的な建築様式から作り出した、日本ならではの空間になれば世界につながる」と期待を寄せる。
一方、戦後に建てられた劇場は欧米の劇場を模範にしており、伝統芸能の上演形態や演出になじみにくいとの声もあることから、「海外の劇場を日本に置き換えた様式で、伝統芸能がショー(見せ物)として扱われているようだ。反省を踏まえ、専門家が使いやすい劇場に」と注文する。
課題は、再開場までの6年間をどう乗り越えるかだ。公演制作や担い手養成といった事業は民間の施設などを活用して続けるが、規模縮小は避けられない。
芸道は対面の
芸文振はこの期間を再開場後の「トライアル」と位置付け、伝統芸能の間口を広げる体験イベントなども積極的に行う方針だ。大和田文雄理事は「先輩から後輩への伝承、観客に向けた広報宣伝も含めて、『受け取る』側に視点を置いた活動を増やしていかないといけない」と気を引き締める。
国立劇場は、日本が世界に誇れる芸能を守る砦(とりで)として機能してきた。
歌舞伎女形の人間国宝、坂東玉三郎さんも、「スーパー歌舞伎」で知られる市川猿翁(当時・猿之助)さんも、国立劇場の公演で大役や復活演出に挑む機会を得て、大きく飛躍した。
1970年の歌舞伎俳優から始まった伝承者養成事業は現在、歌舞伎音楽、文楽、能楽、大衆芸能、
古典演劇が専門の児玉竜一・早稲田大教授は「最も成果を上げたのは、それまで前例がなかった担い手の養成で、歌舞伎音楽の『竹本』からは人間国宝も生まれた。歌舞伎俳優で言えば、養成の出身者が大役に挑む公演の日数を増やすなどして、彼らが舞台人として報われる道をもっと考える必要がある」と語る。
一方、観客数は頭打ちだ。国立劇場の主催公演(大劇場・小劇場)の有料入場者数は79年度の約42万人をピークに、年30万人台で推移。開場10周年、20周年など節目の年には「
何も手を打たなければ途絶える危険性があるのが伝統芸能。実演家のニーズを最優先に、様々な角度から衆知を集める必要がある。(文化部 森重達裕、 木村直子 )
伝統芸能の保存継承、発表の場として、1966年に開場した。主な事業は〈1〉公演〈2〉担い手養成〈3〉調査研究。1600人規模の大劇場、600人規模の小劇場を備え、歌舞伎や文楽、日本舞踊、邦楽など、年間300超の主催公演を制作する。落語などの寄席芸を披露する「国立演芸場」も含めて、独立行政法人「日本芸術文化振興会」が運営する。
(2022年6月27日付 読売新聞朝刊より)
未来へつなぐ国立劇場プロジェクト 公式サイトはこちら → https://www.ntj.jac.go.jp/future/
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