首里城正殿などには琉球の「手わざ」が至る所に施されていた。外壁、柱は漆塗りの上に金箔などで飾り、屋根の「龍頭棟飾」は陶磁、龍柱は石の彫刻、国王の座所は華やかな織物で飾っていた。今回の正殿復元工事は、地元沖縄で継承する伝統技術を生かし、次世代に伝えていく取り組みも合わせて進めている。柱に使う材木を確保するため100年後を見据えた植林活動も始まった。被災した美術工芸品の修理へ人材確保も必要だ。首里城復元は、琉球の美を守り継ぐための「未来への投資」でもある。
正殿の復元工事を請け負う共同企業体(JV)で所長を務める清水建設の川上広行さん(63)は、首里城の火災を、知人からの電話で知ったという。1992年(平成4年)の正殿復元工事にも関わり、沖縄を離れた後、2019年10月に再び沖縄に赴任したばかりだった。
「正殿内には火元となるようなものに心あたりはなく、一体何が起こったんだろうと不思議でなりませんでした」と振り返る。
2回目の復元では工事長を務める。大きな丸太が並ぶ木材加工場で、組み上げ用の切れ込みを施していく作業を確認しながら「前の工事にも参加していた職人さんもいます。最年長は80歳代」と話す。日々、材料の品質管理や安全管理、工期管理など幅広い業務にあたっている。
「30年前も、この先100年、200年もつようにとの思いで造った建物なので、2度目があるとは思っていなかった。今は責任感でいっぱいです」と表情を引き締めた。
(2023年11月4日付 読売新聞朝刊より)
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