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2020.4.10

【紡ぐインタビュー】女優・寺島しのぶ<下> 入り口は世話物で エスプリ利いた“しのぶ流”歌舞伎の楽しみ方

歌舞伎の家に生まれながら、歌舞伎役者になることができず、複雑な思いを抱き続けてきた女優の寺島しのぶさん。後半では、2017年5月に初お目見えで歌舞伎座の舞台に立った長男の寺嶋眞秀まほろくんへの思いと、“しのぶ流”の歌舞伎の楽しみ方を聞いた。 <上>はこちら

眞秀は前例のない存在

眞秀くんは2019年3~4月、歌舞伎座で片岡仁左衛門さん主演の時代物の大作に出演し、子役屈指の大役に挑んだ。これまでの舞台で一緒だった祖父の菊五郎さんや叔父の菊之助さんは出演しない公演だった。

「立て続けにお話をいただきましてね。眞秀は、もちろん大変だったと思う。3月は、舞台の後に4月のお稽古をする毎日でした。仁左衛門のおじさまも、(片岡)孝太郎のお兄さんも、皆さんとても良くしてくださったし、お部屋(楽屋)は(市川)左団次のおじさまとご一緒させていただきました。(一門の尾上)梅之助さんも付いてくださっていたけれど、親族はその場に誰もいない。ちょうど私の仕事も忙しい時期で、地方ロケもあってそばにいてあげられず、いわばアウェーの環境で頑張りました。

横に付いて、『がんばれ、眞秀』と言ってあげられない。何か粗相を起こしても助けてあげられない。あの時期、本当に彼はがんばったと思います。最初は『ちょっと欲張っているかな』と思った。けれど、後から『やっぱりやっておけばよかったな』と思うのが一番嫌だったし、子どもは成長が早いから、その時がすべてだったりしますから」

眞秀くんが歌舞伎の舞台に立ったことで、しのぶさんはまた新たな角度から歌舞伎と接することとなる。

「着物を着て劇場に行き、自分のことはさておいて、『眞秀をお願いします』と、共演の役者さんやお客さん、関係者の皆さんに頭を下げる。今までのように、見たい時に行くというわけにはいかなくなりました。そもそも女優という仕事は自分にだけ集中して、後は周りがサポートしてくれる、というところがありますから。だから今は息子のためとはいえ、まだまだ慣れません」

歌舞伎に精を出す我が子のサポート業務に奮闘するしのぶさんだが、「眞秀の大変さに比べたら……」と息子を思いやる。

「眞秀自身はそれほど大変だと思っていないかもしれませんが、彼のような存在は、今までないと思うんです。ハーフだし……過去にもハーフで歌舞伎役者の方はいらっしゃいましたが、(歌舞伎役者の)娘の子どもっていうのは、たぶん例がないと思うんです。今の歌舞伎界は、色々な役者さんが、伝統のものを守りつつも、新しいことにとても前向きに考えておられます。その中の一部として、眞秀も何かできるような場所があればいいなぁと思っています。周囲が眞秀のどこを面白がってくれるのか、どういうふうに彼が進んでいくのかを見届けたいなぁと思います」

息子の挑戦は、私の挑戦

眞秀くんが出演することで、歌舞伎の見方もまた少し、変わってきたという。

「息子が歌舞伎をやるようになって、芝居を毎日見るんです。しかも彼が(菊五郎家以外の)ほかのお家の芝居にも出させていただいたことで、父以外の芝居も見るようになった。それまでは、基本的に自分のうちの芝居しか見る機会がなかったので。

そうすると、またそこで女優魂に火が付いちゃって。『あ、父はこう演じるけれど、この役者さんはこういうやり方なんだ』とか、『歌舞伎は大きな表現だと思っていたけれど、心がグルグル動いているんだなぁ』とか、感心しっぱなしです。すごく集中して見るから、そのうちセリフまで覚えてしまうんです。自分がやるならこうやりたいな、と思い始めてしまって、私の幅が広がっていくことを実感します。

私は前人未到という言葉が好きなんです。嫌いな言葉は、順風満帆。眞秀の挑戦でもあるけれど、私の挑戦でもあるんです」

眞秀くんは歌舞伎の舞台だけでなく、CMやファッションショーのモデルなど、マルチに活躍する場を増やしている。とはいえ、自らは果たせなかった歌舞伎役者の夢を、しのぶさんは将来的に息子に託したいという思いはあるのだろうか。

「どうなっていくかはわからないし、『こうしたい』と思っちゃうと苦しくなってくるから。今は歌舞伎も好きだし、それ以外のお仕事も、意外と嫌いんじゃないんですよ。眞秀は冒険するのが好きだけど、プライドが高くて、下手にやりたくないと思っちゃうんでしょうかね。色々な仕事を始めは『やりたくない』って言うんですよ。でも、やった後、ものすごく楽しそうで、友達に自慢したりしている。

眞秀は、こういうところ(公開の場)では『歌舞伎役者になる』とは言わないんです。私もそうなんです。そうだったんです。『歌舞伎なんて大嫌い』と言って。自己防衛なんです。そうだと思っている、私は。でも、自分が心を開いている役者さんとかには、『役者をやりたい』と言っているらしいですよ、彼。

結局、色々なお仕事をやらせていただくことで、眞秀の間口が広がっているから、無理やりやらすことも必要なんだなと思っています。まずは、やってみろ、やった後に本当にやりたくないのか、考えてみてって。親のエゴなのかもしれないけれど、植え付けることはすごく良いことだと思うんです。その後に彼が選択していけばいいだけの話で。だから、色々なことに挑戦させたいです」

リアルと対極にある歌舞伎の魅力

あこがれの対象から、やがて女優として、そして母として見つめ続けてきた歌舞伎。しのぶさんにとっての、歌舞伎の魅力とは。

「そうだなぁ……面白いんですよね、歌舞伎って。リアリズム演劇では考えられないものというか。歌舞伎って、リアリスティックじゃないんですよ。文学座では本を読み込んで役の心情を考えて、だからこう行動するんだ、と理解する。(内面性を重視する)スタニスラフスキー・システムなどの演技論も習いましたが、歌舞伎は本当に真逆だなって。

たとえば、人同士が会話する時は向き合いますよね。歌舞伎は、みんな客席を、正面を向いてセリフを言う。それで会話しているように見える。物語もすごくファンタジーじゃないですか。実は、実は、実は、と繰り返されて……。すれ違って、軽率に殺したり、死んだり。今の時代考えられないものがいっぱいあるじゃないですか。それを、『そんなわけないだろう!』と突っ込みながら楽しむんです」

歌舞伎ではしばしば、出会った二人が「実は」親子だった、兄弟だった、あるいは若い商人が「実は」武家の跡取りだった、など登場人物の正体が劇中で明らかになり、物語が進行する。実際の正体の役名が筋書き(パンフレット)に書かれることも多く、ファンは半ば承知しながら芝居を楽しむ。

「様式美の世界で、お客さんに見られてナンボ、という究極のエンターテインメントですよね。だから演技のうまいとか下手だとか、そういうものを全部超越して好きな役者さんを見る、という楽しみ方もありますよね。よくよく考えるとたいした話でもないのに、役者さんが出てきて、セリフを言えば、なぜか説得されてしまう。

しかも、伝承されていく中で、役者さんのやり方で少しずつ変えられていっているんですよね。だから今見ている歌舞伎も、昔の台本とは違うかもしれないし、未来の役者さんが変えていくかもしれない。そういう風に少しずつ変わりながらも、未来へと引き継がれていく。タイムスリップするような感覚も味わえますね」

歌舞伎を見続けてほしい

現代の観客は物語を追いがちだという声もある。初心者には、歌舞伎の奇想天外なストーリーはなかなか理解しにくいのかもしれない。しのぶさんのおすすめの鑑賞法はあるのだろうか。

「情報過多ですもんね。そうだなぁ……私はやっぱり、一番はじめが肝心だと思うので、最初は面白いものを見た方がいい。時代物より、(庶民の生活を描いた)世話物ですね。私が好きなのは『文七元結ぶんしちもっとい』(※)です。世話物はリアル演劇に近くてわかりやすい。心から楽しまないと続かないよね。一回は見るかもしれないけれど、また見に行こうと思わない。

私はね、続けて見てほしいんですよ。歌舞伎を多くの方に見続けてほしいの。そうすると、見やすいもの、誰が見ても面白いものから見てほしいんです。眞秀のお友達が、眞秀が出ているからと『魚屋宗五郎』や『文七元結』を見に来てくれたんです。そうすると子どもたちが最後まで見てくれたり、『眞秀が出ていなくても歌舞伎を見たい』と言ってくれたりしたんですよ。子どもが。そういうことで広がるのが、本当にうれしいなと思う。

それから、(舞台の見どころを音声で解説する)イヤホンガイドは相当わかりやすいですよ。歌舞伎座には、外国人向けに画面上で英語で解説する『字幕ガイド』もある。劇場側もすごく工夫していますよね。あとは、歌舞伎通の人、歌舞伎に詳しい人と一緒に行って、簡単に説明してもらえると、なるほどと思いますね」

「歌舞伎は敷居が高いものだと思わないでほしい」と、しのぶさんは願っている。役者のセリフに「なるほど」と思うが、次の瞬間に「いやいやいや」と突っ込む。少し斜に構えた、エスプリの利いた見方が“しのぶ流”だ。

「本当に自由に見たら良いと思うんだよね。こうでなければならないと思っちゃうと、つまんないものになっちゃうから。おかしいと思うことを、『おかしい!』と堂々と言った方がいいと思う。(中村)勘三郎さんもしょっちゅうおっしゃっていましたけれどね、『俺たちがやっていることは、河原から始まったんだ』って。庶民の娯楽なんですよ。娯楽は、とにかくみんなが楽しむってもの。だから、歌舞伎を色々な人に見てもらいたいんです。すごく考えますよね。どうしたら皆さんに見ていただけるんだろうと。値段をもう少し安くできないのかな、とかね」

おわり

※文七元結

人情噺文七元結。幕末から明治にかけて活躍した落語家・三遊亭円朝作の人情噺が原作。五代目尾上菊五郎が初演し、六代目菊五郎の当たり役となった。江戸・本所に住む左官・長兵衛は、腕はよいが、酒とばくちに目がなく借金まみれ。困窮ぶりを見て、娘・お久は吉原に身売りしようと決心する。

(読売新聞紡ぐプロジェクト事務局 沢野未来)

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