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2020.1.31

【大人の教養・日本美術の時間】読んだことある?『古事記』と『日本書紀』

神話の神々(鮫島圭代筆)

『古事記』と『日本書紀』は、日本神話や古代史を記した現存最古の歴史書で、まとめて「記紀」と呼ばれます。

書名は誰もが知っていても、実際に読んだことがある人は少ないかもしれません。というのも、第二次世界大戦中までは軍国主義教育の支柱として学校で教えられていましたが、戦後は取り上げられなくなったのです。

神話はあくまでも物語ですが、古代の人々のさまざまな考えや社会のありかたが投影されていることは確かです。つまり、日本の大切な文化遺産であり、精神的なルーツのひとつといえるかもしれません。

そこで、いま改めて『古事記』と『日本書紀』をひもといてみませんか。ビギナー向けのやさしい現代語訳や、子供向けの絵本も出版されています。「それなら読んでみようかな」というあなたに向けて、今回のコラムでは「記紀」をもっと読みたくなる基礎知識をお届けします。

<古事記> 暗記が得意な側近が歴史や神話を覚え、書き起こし

まずは『古事記』からご紹介しましょう。飛鳥時代に天武天皇が、暗記が得意な28歳の側近・稗田ひえだの阿礼あれに命じて、天皇家の歴史である「帝紀ていき」と、豪族の神話や伝承である「旧辞きゅうじ」を覚えさせたといいます。そして、稗田阿礼がそらんじる内容をおおの安万侶やすまろ が文字に書き起こし、奈良時代の和銅5年(712年)に完成したと伝わります。

当時、日本語には話し言葉しかなく、固有の文字がありませんでした。仮名文字が生まれる前の時代だったのです。そこで太安万侶は、稗田阿礼がそらんじる日本の言葉を漢文(古代中国の文字)に置き換えたり、あるいは言葉の意味を漢文で表したりと、苦心して文章化していったそうです。

内容は神代かみよ (神様が治めた時代)から推古天皇の治世までで、人物を軸に話が進み、上巻・中巻・下巻から成ります。

<日本書紀> 完成まで約40年、30巻ものボリューム!

一方、『日本書紀』は、同じく天武天皇のもとで国の歴史書の編纂へんさんが命じられ、天武天皇の皇子おうじ舎人とねり親王しんのうをはじめ多くの人々が携わって、40年ほどの歳月をかけて養老4年(720年)に完成されたと伝わります。編纂にあたって参照された書物は、「帝紀」と「旧辞」のほか、諸氏族に伝わる神話や物語、政府や社寺、個人の記録などに及ぶといい、当時の国際語であった漢文で書かれました。

内容は神代から持統天皇までで、年代順に出来事が記されており、ボリュームは古事記よりずっと多く、30巻に及びます。

記紀の違いは?

『古事記』と『日本書紀』は、どちらも天武天皇のもとでプロジェクトがスタートし、完成時期も8年しか隔たっていないのに、どうして両方作る必要があったのでしょう。

その理由は編纂意図の違いにあるようです。『古事記』の目的は天皇家の歴史を記すこと、そして『日本書紀』の目的は日本という国の成立を記すことだったともいわれています。

作られた目的が違いますから、内容にもさまざまな違いがあります。両書を比べると、スサノオやヤマトタケルなどの性格が大きく異なっていたり、一方にしか出てこないエピソードもあったりします。例えば、有名な因幡いなば白兎しろうさぎの話は、『古事記』のみで、『日本書紀』には書かれていません。

また、実際に読んでみると、構成の違いも気になるはず。古事記は流れるように物語が進むのですが、日本書紀は、ひとつのエピソードについての主軸となる文章のあとに、「一書あるふみでは」という書き出しで、いくつもの別伝承や異伝が書き連ねられているのです。いかにも国家の史料という感じですよね。

ここで両書の、物語が始まる箇所の書き下し文を引用して、美しい文章をたっぷりと味わってみましょう。天地てんち開闢かいびゃく、つまりこの世界がどのように始まったのかが記されています。

『古事記』:

天地あまつち初めてひらけし時、高天原たかまのはらに成れる神の名は、天之あめの御中みなか主神ぬしのかみ。次に高御産巣日神たかみむすひのかみ、次に神産巣日神かみむすひのかみ。(―中略―)次に、国わかく浮きしあぶらごとくして、海月くらげなす漂へる時、葦牙あしがびの如くあがる物によりて成れる神の名は、宇摩志うまし阿斯訶備比古遅神あしかびひこぢのかみ。次に天之常立神あめのとこたちのかみ。」

『日本書紀』:

いにしえ天地あめつちいまわかれず、陰陽めを分かれざりしとき、渾沌まろかれたること鶏子とりのこの如くして、溟涬ほのかにしてきざしふふめり。清陽すみあきらかなるものは、薄靡たなびきてあめり、重く濁れるものは淹滞つつゐてつちと為るに及びて、精妙くはしくたえなるがへるはむらがり易く、重く濁れるがりたるはかたまり難し。(-中略―)時に、天地の中に一物ひとつのものれり。かたち葦牙あしかびの如し。便すなわち神と化為る。国常立尊くにのとこたちのみことまうす。」

内容の違いにもお気づきでしょうか。『日本書紀』では、「最初は天と地の区別がなく、やがて明るく清らかなものが天となり、重く濁ったものが地となり、そして葦の芽のようなものが生まれて神様となった」と詳しく記されています。一方、『古事記』では、天地がすでに分かれた状態から物語が始まっており、最初に登場する神様も異なっていますね。

神話はひとつではなく、古代の人々がさまざまに紡いできたストーリーを織り上げて、こうした書物が作られたことが感じられますよね。さらにいえば、地理書である『風土記』や、歌集である『万葉集』など、ほかの古代の書物にも、いろいろなバリエーションの神話が織り込まれています。

ところで2020年は、『日本書紀』が完成した720年から1300年を数える記念の年です。東京国立博物館で開催中の特別展「出雲と大和」では、2月11日から3月8日までの期間限定で、南北朝時代に書き写されて熱田神宮に伝わる『日本書紀』が展示されます。ぜひこの貴重な機会をお見逃しなく!

【日本書紀成立1300年 特別展「出雲と大和」】

東京国立博物館 2020年1月15日(水)-3月8日(日)

公式サイトはこちら

https://izumo-yamato2020.jp/

鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

開催概要

日程

2020.1.15〜2020.3.8

9時30分~17時
※毎週金曜、土曜日は21時まで開館(入館は閉館の30分前まで)

会場

東京国立博物館 平成館
〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9

料金

一般1600円、大学生1200円、高校生900円など

休館日

月曜日、2月25日(火)
※2月24日(月・休日)は開館

お問い合わせ

03-5777-8600(ハローダイヤル)

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