2020.11.19

「ボンボニエールの物語vol.34」日英の絆の物語

楕円煙草入形ガーター勲章紋章 大正7年(1918年)6月
5.0×6.8 高さ1.8 cm (個人蔵)

皇室は明治の御代みよから、イギリス王室を模範として様々なものを作り上げてきた。そのお話をし出すと、ページがいくらあっても足りないので、今回は皇室とイギリス王室との深い結びつきを示す一つのエピソードと、それにまつわるボンボニエールのお話をしよう。ガーター勲章と、そのボンボニエールについてである。

アーサー王子の来日

日本で「コノート殿下」「コンノート殿下」などと呼ばれることが多い「 コノート公爵家のアーサー王子 」(Prince Arthur of Connaught)は、ヴィクトリア女王の第3王子であるコノート公爵アーサーの長男として、1883年に生まれた。父と息子が同じ名前で混乱するので、ここでは「アーサー王子」と記そう。

アーサー王子は明治39年(1906年)、明治天皇にガーター勲章 (Order of the Garter)を奉呈するために来日した。

ガーター勲章は、1348年にエドワード3世によって創始された、イングランド・ガーター騎士団団員章である。その団員章が勲章と呼ばれる。英国臣民でこの騎士に叙せられるのは24人以内に限定されている。これを受けることはとんでもなく、大変な名誉なのである。もっとも英国王族や外国王には「特別騎士」として別枠が設けられているのだが、その特別騎士も現在のところ8人しかいない。

騎士団ということでおわかりのように、キリスト教徒が対象となる栄典である。その勲章が、異教徒である明治天皇に東アジアの元首として初めて授与されることとなった。その伝達に国王エドワード7世の名代として、アーサー王子が明治39年(1906年)2月に来日した。

「ガーター」とは、今はもうあまり使用されなくなったと思うが、靴下留めのことである。エドワード3世が舞踏会でダンスを踊っていたとき、相手婦人のガーターが外れて落ちたことで、周囲から嘲笑された。エドワード3世はそれを拾い上げ、Honi soit qui mal y pense(中世フランス語で「悪意を抱く者に災いあれ」)と言って自分の左足に付けたとされるが、これをガーター勲章の由来とする説がある。

勲章は、ガーターを脚につけ、ピンでガーターの端をとめて授与される。アーサー王子は明治天皇の脚にガーターを付ける際に、緊張のあまりピンで自分の指を傷つけ出血してしまったが、何事もなかったように式を続け、天皇も気づかないふりをした。天皇は式が終わった後、王子の落ち着きをたたえたという。

ガーター勲章のボンボニエール

明治天皇が崩御し、大正天皇が即位した際にも、アーサー王子が来日している。一つは明治天皇の葬儀に参列するため、もう一つは大正天皇にガーター勲章を奉呈するためである。

先ほど書いたように、ガーター勲章はキリスト教徒に授与される栄典であった。しかし、19世紀になり、ヴィクトリア女王の時代になって、3人のイスラム教徒の皇帝たちにガーター勲章が与えられたのである。勲章は与えられた者が亡くなると返上するものであり、その後は授与されなかった。

だが、明治天皇の崩御後、イギリス王室はすぐに次代天皇へのガーター勲章奉呈を決定した。その時に開かれた晩餐会ばんさんかいで下賜されたのが、この扇形のボンボニエールである。

扇形桐文 ガーター勲章奉呈式後晩餐 大正元年(1912年)9月18日
4.0×5.8 高さ2.1 cm(個人蔵)

その後、大正7年(1918年)にアーサー王子が再度来日した際の晩餐会では、まさにガーター勲章が文様となったボンボニエールが配られた。冒頭の写真がそのボンボニエールであるが、楕円形だえんけいの周りには、エドワード3世の HONI SOIT QUI MAL Y PENSE という言葉がガーター勲章のモットーとして書かれ、中央には Arthur Frederick(アーサー王子)の頭文字であるAとFが文様化されている。

昭和天皇のガーター勲章

大正天皇崩御の後、昭和天皇も昭和4年(1929年)にガーター勲章を授与された。だが、昭和16年(1941年)の日英開戦とともにその栄誉が剥奪はくだつされることになってしまったのである。

しかし、30年後の昭和46年(1971年)に昭和天皇がイギリスを訪問した際に、その栄誉が回復されることとなった。長いガーター勲章の歴史の中でも、一度剥奪された栄誉が回復されたのは、昭和天皇ただ1人という。

丸形西欧地図入 昭和天皇訪欧記念 昭和46年(1971年)12月1日
径6.0 × 高さ4.7 cm(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)

上皇さまも、平成10年(1998年)のイギリス訪問時に、ガーター特別騎士の称号を受けられた。

キリスト教徒以外で勲章が授与されているのは、現在も日本だけなのである。

コロナで延期となったが、天皇陛下の最初の訪問国はイギリスの予定である。ガーター勲章の授与があるのか、今から楽しみである。

※参考文献:君塚直隆「女王陛下のブルーリボン 英国勲章外交史」(中公文庫)

長佐古美奈子

プロフィール

学習院大学史料館学芸員

長佐古美奈子

学習院大学文学部史学科卒業。近代皇族・華族史、美術・文化史。特に美術工芸品を歴史的に読み解くことを専門とする。展覧会の企画・開催多数。「宮廷の雅」展、「有栖川宮・高松宮ゆかりの名品」展、「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」展など。著作は、単著「ボンボニエールと近代皇室文化」(えにし書房、2015年)、共著「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」(青幻舎、2018年)、編著「写真集 明治の記憶」「写真集 近代皇族の記憶―山階宮家三代」「華族画報」(いずれも吉川弘文館)、「絵葉書で読み解く大正時代」(彩流社)など。

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