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2026.3.20

【雪と人 美の結晶 寒気と熱気 豊かな営み1】寒ざらし - 神事や祭りの衣装生地「飛騨染」(岐阜県)

雪が積もる染物店の干し場で、「飛騨染」の寒ざらしが行われていた(岐阜県高山市で)=大金史典撮影

雪国の人々は厳しい寒さの中で暮らしながら、時代を超えて様々な文化や技術を育み、後世に継承してきた。秋田県大仙市の真冬の風物詩「刈和野の大綱引き」は大勢の人たちの熱気に包まれる。岐阜県飛騨地方の「飛騨染」は冬の寒さにさらして独特の色を発し、青森県津軽地方の「こぎん刺し」は屋内で行う手仕事として進化した。新潟県上越市の「雁木がんぎ」は雪から歩行者を守る生活の知恵だ。雪が降り積もる各地を取材した。

寒ざらし「透明な発色」
神事や祭りの衣装生地 飛騨染(岐阜県高山市)

雪深い岐阜県高山市。降り積もった雪の上に、色鮮やかな竜や鳳凰ほうおうなどが描かれた反物がいくつもられ、ゆらりゆらりと揺れている。江戸末期・安政年間創業の染物店「ゆはら染工せんこう」の干し場で、飛騨地方の祭り衣装として使われる「飛騨染」の寒ざらしが行われていた。

綿布に色鮮やかに描かれた竜

「厳しい寒さにさらすことで、顔料に透明感が出て、発色が良くなるんですよ」と、5代目の柚原雅樹さん(59)が教えてくれた。従業員たちは、長さ約12メートル、幅約36センチの反物を、竹ひごで張る作業を続けている。

先端に針のついた竹ひごで綿布を張る

これらの反物は、飛騨地方一帯の神社に伝承される神事芸能「闘鶏楽とうけいらく」などを担う人たちが長くまとってきたものだ。「春の高山祭」で有名な日枝神社をはじめ、神社ごとにデザインは異なり、それぞれ専用の型紙がある。

ゆはら染工では染めの手順として、代々受け継がれてきた型紙をもとに、もち米と米ぬかで作った「のり」で下絵を描く。その後、赤や緑といった色のもとになる石の粉などを大豆の汁で溶き、布を染める。のりは色付けする範囲を区分する効果があり、染めの後は洗って落とす。

柚原さんによると、戦前に20軒ほどあった飛騨染の染物店は、着物の需要減や後継者不足を背景に、1980年頃までにほぼ廃業した。残る別のもう1店がなくなったのは、柚原さんが中学生の頃だったといい、「唯一残ったうちが技を守っていかなければ」との思いを強くしたのを覚えている。

「飛騨染」の名称は、伝統技法の衰退に危機感を抱いた祖父・恒蔵氏が考案し、父の博明氏が普及させたという。柚原さんは、東京造形大学で染織技法を学び、卒業後すぐに家業に入った。国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録されている高山祭など「飛騨の祭りがあるからこそ、我々の技法も知ってもらえる」と話し、「海外から祭りを見に来る人も多く、多彩な色で特殊な形をした衣装は目を引く。しっかり受け継いでいきたい」と力を込める。

長男で6代目のしょうさん(29)も技法を継承する。コロナ禍で中断した祭礼もあり、祭り衣装の注文は減少しているが、のれんや手ぬぐい、ポーチなどの商品を手がけ、飛騨染の新しい魅力を発信している。(今岡竜弥)

(2026年3月1日付 読売新聞朝刊より)

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