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2025.9.30

岡山の日本刀、備前焼 海外へ — 瀬戸内市 「ルイ・ヴィトン」などを傘下「LVMH」から支援

日本が誇る工芸などの伝統美を、海外へ広げるための取り組みが加速している。特に奮闘しているのが、岡山県内の自治体だ。瀬戸内市は長船地区の日本刀の販路拡大において、仏の「ルイ・ヴィトン」などを傘下に持つ「LVMH」から支援を受けることになった。(文化部 清川仁)

今年〔2025年〕6月、同市の武久顕也前市長が渡仏し、LVMHの最高戦略責任者、ジャン・バチスト・ヴォワザン氏に対し、「備前長船おさふね刀剣博物館」の名誉館長就任の快諾を得るとともに、刀剣文化の海外普及などについて戦略的な助言を受けることが決まった。同社関連のショールームでの日本刀の展示も決定、来年秋の実施を目指して調整しているという。

握手をするLVMHのヴォワザン氏(左)と、瀬戸内市の武久顕也前市長

ヴォワザン氏は、世界の職人技を守るために活動する「LVMHメティエダール」の社長も務め、昨年10月、連携協定を結ぶ同県井原市のデニム製造「クロキ」の紹介で、同博物館を初訪問した。

さらに、瀬戸内市と同県備前市が昨年12月から今年1月にかけて実施した「パリ日本文化会館」での展示会にも訪れ、抜刀術などのパフォーマンスを見学した。こうした動きを通して、瀬戸内の刀剣文化を評価したとみられる。

瀬戸内市が同会館で開いたイベントは連日盛況だったという。講演を行った刀工の川島一城さん(54)=写真=は、「日本文化について知りたがっていたファンがとても多く、私の話にも共感してくれた」と振り返る。

川島一城さん

川島さんはパリで、どんな思いで現代刀を作っているか熱く訴えた。「日本刀は武器でもあるが、日本人にとって精神的な守り刀でもある。刀が単なる道具だとしたら現代には不要でなくなっているはず。精神そのものだから残っている」

刀剣は、伝統工芸の粋を集めた総合芸術といわれる。刀身を作るだけでも「折り返し鍛錬」と呼ばれる長時間にわたって強度を高める工程があり、刀工、研ぎ師、白銀師、金工師といった職人が関わる。さらに、さや師や漆を塗る職人、つかを巻く職人らが必要とされる。川島さんに会ったヴォワザン氏は、「この技術を途絶えさせてはいけない」と語ったという。

一方、備前市は昨春、イタリアのデザインの祭典「ミラノデザインウィーク」に備前焼を出展するなど、欧州各地で積極的なPRを進める。大きな成果が、ベルギーのギャラリー経営者との出会い。昨秋には同市に招くことに成功し、経営者は備前焼作家と面会した上、アート性の高い作品を数点、最高数百万円で買い付けた。

観光に役立てる

両市は伝統技術を、観光にも役立てている。

備前長船刀剣博物館は、貴重な刀剣の数々を展示するとともに、分業化された職人たちの制作現場も公開して人気を得ている。

「備前長船刀剣博物館」で刀身を研ぐ職人

目を引くのは、流暢りゅうちょうな日本語で刀剣の歴史や魅力を紹介する英国人の多言語支援員、トゥミ・グレンデル・マーカンさん(29)だ。照明の当て方、観覧者の立ち位置の工夫で刀身に浮かぶ文様「刃文」が最も美しく見えるようにし、海外でも刀の状態を良好に保つ展示のスペシャリストでもある。「長船は大きな存在で、備前=日本刀というのはイギリスにいるときから感じていました。この博物館も愛刀家の中では有名です」と語る。

刀剣について解説するマーカンさん(備前長船刀剣博物館で)

一方、備前市は今年7月、「備前市美術館」をオープンさせた。ガラス張りの建物内に入ると、人間国宝、伊勢崎淳さんが制作した高さ約7メートルの備前焼のモニュメントが目に飛び込んでくる。10月18、19日には、毎年10万人を集める同市一番のイベント「備前焼まつり」が開催される。

入り口付近の備前焼モニュメントが目を引く「備前市美術館」
個人で国際交流

個人でもとりわけ活発な国際交流を続けている人がいる。備前焼作家、森大雅さん(51)は先週末から約1か月間欧州に渡り、アートフェアへの参加や美術商との面会などを予定している。最初の行程であるデンマークでの茶わん作りのワークショップには、「ドイツやスウェーデンから車で来た人もいて、陶芸に対する熱を感じた」と手応えを得た様子だ。

旅好きという動機もあり、海外展開は行政が乗り出す前から積極的だった。備前市で作家仲間と営むギャラリーも、「コロナ前から客の約3割が外国人で、そこまで需要があるならチャンスだと思った」。

デンマークで陶芸を指導した森さん(右端)と受講者たち=森さん提供

特に昨年は年初から盛んに渡航。マカオ、香港、フィリピン、イタリア、ベルギー、台湾、ドイツ、パリ、インドなどを巡った。展示会、アートフェア参加など目的は様々だが、訪問先の隣国へと行動範囲を広げ、チャンスをさらにつなげるのが流儀だ。滞在費がかさみそうだが、友人宅に泊まることも多いのだという。

森さんは一方で、備前市にも毎月1~2人の外国人ボランティアを宿泊付きで受け入れている。「素通りする観光ではなく、じっくりファンになってもらいたい。長期の滞在ならSNSで発信を続けてくれるし、長船の刀剣なども見に行ってくれる。地元の盛り上げに貢献できる」。海外では、そうして築いた縁を頼って、サポートしてもらうことも少なくない。

今年5月までは、ドイツのルーシー・ランデックさん(30)が滞在していた。「元々、美術好きで陶芸も面白いと思って訪れた。大雅さんの作品は、感情を表していてすごい。備前は煙突もいっぱいあるし、自然も古い町並みもいい」と話していた。

(2025年8月27日付 読売新聞朝刊より)

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