日本が誇る工芸などの伝統美を、海外へ広げるための取り組みが加速している。特に奮闘しているのが、岡山県内の自治体だ。瀬戸内市は長船地区の日本刀の販路拡大において、仏の「ルイ・ヴィトン」などを傘下に持つ「LVMH」から支援を受けることになった。(文化部 清川仁)
今年〔2025年〕6月、同市の武久顕也前市長が渡仏し、LVMHの最高戦略責任者、ジャン・バチスト・ヴォワザン氏に対し、「備前
ヴォワザン氏は、世界の職人技を守るために活動する「LVMHメティエダール」の社長も務め、昨年10月、連携協定を結ぶ同県井原市のデニム製造「クロキ」の紹介で、同博物館を初訪問した。
さらに、瀬戸内市と同県備前市が昨年12月から今年1月にかけて実施した「パリ日本文化会館」での展示会にも訪れ、抜刀術などのパフォーマンスを見学した。こうした動きを通して、瀬戸内の刀剣文化を評価したとみられる。
瀬戸内市が同会館で開いたイベントは連日盛況だったという。講演を行った刀工の川島一城さん(54)=写真=は、「日本文化について知りたがっていたファンがとても多く、私の話にも共感してくれた」と振り返る。
川島さんはパリで、どんな思いで現代刀を作っているか熱く訴えた。「日本刀は武器でもあるが、日本人にとって精神的な守り刀でもある。刀が単なる道具だとしたら現代には不要でなくなっているはず。精神そのものだから残っている」
刀剣は、伝統工芸の粋を集めた総合芸術といわれる。刀身を作るだけでも「折り返し鍛錬」と呼ばれる長時間にわたって強度を高める工程があり、刀工、研ぎ師、白銀師、金工師といった職人が関わる。さらに、
一方、備前市は昨春、イタリアのデザインの祭典「ミラノデザインウィーク」に備前焼を出展するなど、欧州各地で積極的なPRを進める。大きな成果が、ベルギーのギャラリー経営者との出会い。昨秋には同市に招くことに成功し、経営者は備前焼作家と面会した上、アート性の高い作品を数点、最高数百万円で買い付けた。
両市は伝統技術を、観光にも役立てている。
備前長船刀剣博物館は、貴重な刀剣の数々を展示するとともに、分業化された職人たちの制作現場も公開して人気を得ている。
目を引くのは、
一方、備前市は今年7月、「備前市美術館」をオープンさせた。ガラス張りの建物内に入ると、人間国宝、伊勢崎淳さんが制作した高さ約7メートルの備前焼のモニュメントが目に飛び込んでくる。10月18、19日には、毎年10万人を集める同市一番のイベント「備前焼まつり」が開催される。
個人でもとりわけ活発な国際交流を続けている人がいる。備前焼作家、森大雅さん(51)は先週末から約1か月間欧州に渡り、アートフェアへの参加や美術商との面会などを予定している。最初の行程であるデンマークでの茶わん作りのワークショップには、「ドイツやスウェーデンから車で来た人もいて、陶芸に対する熱を感じた」と手応えを得た様子だ。
旅好きという動機もあり、海外展開は行政が乗り出す前から積極的だった。備前市で作家仲間と営むギャラリーも、「コロナ前から客の約3割が外国人で、そこまで需要があるならチャンスだと思った」。
特に昨年は年初から盛んに渡航。マカオ、香港、フィリピン、イタリア、ベルギー、台湾、ドイツ、パリ、インドなどを巡った。展示会、アートフェア参加など目的は様々だが、訪問先の隣国へと行動範囲を広げ、チャンスをさらにつなげるのが流儀だ。滞在費がかさみそうだが、友人宅に泊まることも多いのだという。
森さんは一方で、備前市にも毎月1~2人の外国人ボランティアを宿泊付きで受け入れている。「素通りする観光ではなく、じっくりファンになってもらいたい。長期の滞在ならSNSで発信を続けてくれるし、長船の刀剣なども見に行ってくれる。地元の盛り上げに貢献できる」。海外では、そうして築いた縁を頼って、サポートしてもらうことも少なくない。
今年5月までは、ドイツのルーシー・ランデックさん(30)が滞在していた。「元々、美術好きで陶芸も面白いと思って訪れた。大雅さんの作品は、感情を表していてすごい。備前は煙突もいっぱいあるし、自然も古い町並みもいい」と話していた。
(2025年8月27日付 読売新聞朝刊より)
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