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2025.11.21

【歴史ある楽器を守る 3】古い洋楽器の保存にも熱意 - 最初期の国産ピアノ修復

漆の保存修復作業が進む、120年以上前に製造された国産グランドピアノ(東京都港区の区立郷土歴史館で)

楽器は材料を確保し、職人が多岐にわたる工程を経て製作する。雅楽の楽器「篳篥ひちりき」に欠かせないヨシを古くから供給してきた大阪府高槻市では、持続可能な保全の仕組みを整える活動が始まった。一方、伝統ある邦楽を衰退させないよう、苦しい状況でも三味線製造に取り組む業者や、手軽に始められる三味線の開発を行う会社もある。邦楽器だけではなく、歴史ある洋楽器の保存に熱意を持つ人たちも活動を続けている。各地の動きをリポートする。

黒漆塗 側面に蒔絵 貞明皇后が使用

楽器の「文化財」としての価値に光を当て、保存する動きもある。東京都港区教育委員会が所有するグランドピアノは、日本楽器製造(現ヤマハ)が1902~03年に製造した最初期のピアノで、全体が黒漆塗くろうるしぬりで、側面には蒔絵まきえが施されている。

ピアノは、大正天皇のきさき貞明ていめい皇后が使用したとされ、30年に区内の小学校に寄贈されたが、廃校になった後は、跡地の施設に置かれたままだった。

区教委の調査で、皇室との関わりや歴史的価値が明らかになり、2022年、区文化財に指定した。楽器として音が出るように修理するのではなく、国産グランドピアノの黎明れいめい期に作られた希少性に着目し、24年から文化財としての保存修復を実施している。漆芸作家で、国の選定保存技術(漆工品修理)保持者である東京芸術大大学院の松本達弥さん(64)の研究室とヤマハが協力し、作業が進む。

均一な仕上がりにするため、同時に作業を進めている(東京都港区の区立郷土歴史館で)

漆は、紫外線や乾燥による劣化で、つやのない状態だった。単に塗り直すのではなく、ひび割れした塗膜に、漆を吸い込ませる「漆固め」を繰り返し、しっとりとした表面を徐々に取り戻している。

蒔絵の近くも、はけで慎重に漆を吸わせていく
東京・港区立郷土歴史館で展示へ 

ヤマハは内部や鍵盤けんばんのクリーニングなどを手がけた。松本さんは「修復をしていると、当時の技術が分かってくる。そのデータをキャッチしながら、後世に残していくことも大切」と話した。

ピアノは26年春に区立郷土歴史館で展示される予定だ。

貴重な年代物50台 進化追体験

三重の「菰野ピアノ歴史館」

試奏や修復の見学も 

三重県菰野こもの町にある「菰野ピアノ歴史館」は、50台もの貴重な年代物のピアノが並び、この楽器の進化の過程を追体験できる。展示と並行して工房では日々修復が重ねられ、来館者が試奏できるようにしている。

展示ピアノの中心は19世紀から20世紀前半のもので、その多くは同館を運営する認定NPO法人の代表理事で調律師の岩田光義さん(83)が40年かけて集めた。4年前の開館時、音の出るものは4割程度だったが、十数人の調律師仲間が研鑽けんさんを兼ねて力を貸してくれ、約8割が演奏可能に。弦など当時の部品は、フランスやドイツなどから取り寄せている。岩田さんは「探究心で続けてきた。ベートーベンやブラームスの時代は録音がなく、曲を知る手がかりは楽譜しかないが、どんなピアノで作曲をしたかが分かって興味深い」と話す。

多種多様な年代物のピアノが並ぶ「菰野ピアノ歴史館」。試奏もでき、演奏会も催せる(三重県菰野町で)

鍵盤楽器は、音の強弱が付けられないチェンバロから、強い音も弱い音も出せるピアノへと進化した。そのピアノもかつては、現在よりか細い音で、鍵盤の数も少なかった。同館ではこうしたピアノの革新が見て取れる。また、ピアノとオルガンの音が同時に出せる珍しい楽器も展示。足が外れて持ち運びができるピアノは、「練習用というより、イメージが浮かんだ時、馬車での移動中でも作曲できるようにしたんでしょう」と岩田さん。

入館料1000円(大人)で、1人3台まで試奏でき、工房での修復の様子も見学できる。年代物のピアノによるコンサートホールとしても利用されている。

95年前のオルガン 今も現役


東京の日本橋三越本店

東京の老舗百貨店、日本橋三越本店では、95年前に導入されたパイプオルガンが今も来店客を楽しませている。2年前には約半年をかけ、未来に音色をつなぐための大規模修理を行っている。

10月上旬の週末の昼下がり。同店を象徴する吹き抜けの中央ホールを、多くの人が取り巻いていた。お目当ては、2階バルコニーでのオルガン演奏だ。開催中だったフランスの物産展にちなんで、仏国歌や「愛の讃歌さんか」が奏でられ、「民衆の歌」では、オルガンを演奏すると鐘や太鼓の音も響いた。

楽器は、米ウーリッツァー社の「シアターオルガン」で、無声映画などの伴奏用に開発され、オルガンで管楽器や打楽器、汽笛の音も鳴らすことができる。オルガンの左右にあるカーテンに覆われた部屋には、パイプのみならず、木琴、カスタネットなど様々な楽器が入り、オルガンについたレバーなどを操作し、鍵盤を弾くと連動して音が出る仕組みだ。近くに立つと生々しい響きが体感できる。

日本橋三越本店のパイプオルガンの左側のカーテン内に収められた様々なパイプ。色々な管楽器の音が出せる(東京都中央区で)
オルガンの左側のカーテン内には打楽器も

1930年、関東大震災からの復興が進む中、当時の専務が米国視察で訪れた百貨店のパイプオルガンに感動し、購入したという。戦中は、戦意高揚のための曲が演奏され、金属装飾の一部を供出した。しかし、本体の供出は免れ、45年11月13日の読売新聞には「宝くじ初の大当たり パイプオルガンの伴奏で抽選」という見出しが躍った。演奏が、ラジオで中継されることもあった。

2度の修理を経て、2009年には中央区の区民有形文化財に登録。23年には、パイプや打楽器が鳴らない不具合を解消するため、オルガン工房「マナ オルゲルバウ」(東京都町田市)が、鍵盤からパイプの一本一本まで解体する大規模修理を実施した。鍵盤からの信号を楽器に伝えるための絹糸や革袋が劣化していたため、工房ではコンピューター制御装置を独自に開発した。

約30年間、演奏を担当する高橋美香子さんは「オルガンらしい音も聴いてほしいし、曲の中で色々な音を聴いてもらえるように工夫している」と話す。 毎週金・土・日に15分の演奏を3回ずつ行っている。無料。

パイプオルガンを弾く高橋美香子さん。3段の鍵盤とペダルを駆使し、様々な音色を奏でる(東京都中央区で)

(2025年11月2日付 読売新聞朝刊より)

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