金釘を使わず板材を和家具に組み立てる「江戸指物」は、日本の木造文化が生んだ美術工芸品だ。見えない所に精緻な細工を施し、スッキリと丈夫に仕上げる。
「ギーコギーコ」「トントン」。東京の下町、根岸にある江戸指物職人、戸田敏夫さん(73)の仕事場では、ノコギリやノミ、金づちを使った作業音がリズミカルに響く。東京・御蔵島に自生する「島桑」に、「ほぞ」と呼ばれる溝を彫り込んだり、板同士を組んだり。2畳ほどのスペースには作業台のほか、カンナ、ノミなどの道具が整然と収められたタンスがあり、壁にはノコギリや亡き親方夫妻の写真が並ぶ。必要な道具をサッと取り出せる、一切の無駄を省いた空間だ。
指物は彫物や曲物など7種類ある木工のひとつ。その歴史は平安時代にまで遡る。京都では朝廷や茶道で用いられたのに対し、江戸では武士や商人、歌舞伎役者にひいきにされ、小机や鏡台などが作られてきた。高度な技を用いながら余計な装飾を排し、木目の表情を主役に据える。「隠れた羽織裏にこそ凝る」といった江戸っ子の美意識が反映されている。
江戸指物に欠かせないのが「仕口」と呼ばれる細工の数々だ。家具の種類や場所ごとに、自在に使い分ける。
例えば「留型隠し蟻組継ぎ」は、棚や箱の角に用いられる。ジッパーのようにジグザグに施した細工で板と板を狂いなく継ぎ、継ぎ目を隠して木目がひと続きに見えるよう仕上げる。ほかにも人形ケースの枠に用いられる「三方留めほぞ」など、頻繁に使われる仕口だけでも数十種はあるという。エアコンによって乾燥しがちな現代の住環境の課題に対応した新たな仕口も、今なお生み出されている。
1997年には国の伝統的工芸品の指定を受けた。桑やタモなど厳選された国産の無垢材を用い、修理が可能で長く使用できる江戸指物は、環境への配慮が必要な現代にこそ見直したい工芸だ。
だが高齢化と後継者不足は深刻だ。江戸指物協同組合に属する職人は現在11人で、3分の2が70歳代以上。生活様式の変化が背景にある。戸田さんは「木目に美を見いだす感性やツヤを出す技など、日本文化が凝縮された江戸指物の良さを多くの方々に知ってほしい」と話している。
(文化部 竹内和佳子)
(2024年12月25日付 読売新聞朝刊より)
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