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2023.8.30

【工芸の郷から】漆の層が醸す重厚な味わい ― 鎌倉彫(神奈川県)

下絵に沿って小刀で切り込みを入れる「たち込み」=いずれも田中秀敏撮影

直径約27センチの木皿に描かれたナスの下絵の輪郭線に沿って小刀を入れていく。木彫漆塗りの工芸品「鎌倉彫」の「たち込み」という序盤の工程で、40年以上のベテランの三月みつき一彦さん(72)の表情は真剣で手には力がこもる。「切り込みの角度によって、遠近感やボリュームが決まるので、気が抜けない」

鎌倉彫の伝統工芸士、三月一彦さん(神奈川県鎌倉市由比ヶ浜で)

文様を浮き上がらせた後、皿に漆を塗って乾かし、研ぐといった作業を繰り返す。30以上の工程を1か月以上かけて行い、ようやく作品は完成する。1979年に伝統的工芸品に指定された鎌倉彫の特徴は、幾層もの漆が醸し出す古色がかった、えんじ色の重厚な味わいだ。

鎌倉時代、厚く塗り重ねた漆に精巧な文様を彫る中国伝来の彫漆の影響を受けた仏師たちが、仏具を作りはじめたのが、鎌倉彫の起源とされる。明治時代の廃仏はいぶつ毀釈きしゃくで寺院が衰退すると、盆や膳、皿、わん、重箱、箸など日用品やお土産品に活路を見いだしていった。

三月一彦さんが手がけた鎌倉彫

大阪府出身の三月さんは25歳の時、土木設計会社のサラリーマンを辞め、鎌倉彫の道に入った。橋などの設計にコンピューターが導入されるようになり、仕事に限界を感じていたという。きっかけは新田次郎の小説「銀嶺ぎんれいの人」。主人公の一人が鎌倉彫の女性彫刻家だったことで、興味を持った。

亀甲文など幾何学模様を図案に取り入れることが多い。「設計図面を引いていたからかな。会社員時代の同僚にも指摘された」と笑い、「漆に練り込む材料の組み合わせを考えるのも楽しい。何より手で作っているという実感がある」と、鎌倉彫の魅力を語る。

2015年から伝統鎌倉彫事業協同組合の理事長を務め、振興の先頭に立つ。最盛期には500人以上いた職人は、現在100人強にまで減り、苦境にあるという。「新しい感覚や時代の風を取り入れていけば、まだまだやっていける」。引き出物など大量の同一製品の需要が望めなくなった現在、個性ある作品で愛用者を増やすことを目指している。

伝統を大事にしながらも、後進が自由な発想でのびのび制作できる環境を整えることが目下の使命だ。

(文化部 森田睦)

(2023年8月23日付 読売新聞朝刊より)

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