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2025.9.30

【ふのり 1】「板布海苔いたふのり」海と太陽が源

2人1組になった女性が木枠の内側に海藻を手際よく広げていた=大金史典撮影

板布海苔いたふのりを煮出して作る「ふのり」は古くから織物、漆喰しっくい、筆、陶器などの天然糊剤こざいとして使われてきた。国宝・重要文化財の絵画などの修理では、主に絵画の表面を保護する「表打ち」と呼ばれる重要な工程で使われている。だが、板布海苔の製造業者は高齢化や後継者不足により激減した。文化財の修理に用いる板布海苔を製造する会社は現在1社のみとなっている。海藻から板布海苔を作るまでの工程をはじめ、表打ち作業、筆や印染しるしぞめなど伝統工芸品の製造現場を紹介する。

伊勢の気候と地形 最適

この夏、三重県伊勢市東大淀ひがしおいず町にある大脇萬蔵商店(福井市)の伊勢工場を訪ねた。同商店は国内で唯一、文化財修理用の「ふのり」のもととなる板布海苔を製造している。

天日干しされるマフノリなどの海藻(三重県伊勢市で)=大金史典撮影

「絹織物の羽二重ふはぶたえりがなを織る際に多くのふのりを要したことから、羽二重織りの産地である福井市で会社を創業した。一方、海藻の産地に近く、気候や地形が天日干しに最適とされた伊勢市東大淀町は以前、板布海苔を製造する事業者がいくつも集まっていた。大脇商店もこの地に工場を設けた」

同商店の大脇豊弘社長(46)は本社と伊勢工場の関係をそう説明する。

稼働するのは毎年、夏の数日間。小学校の校庭を思わせる敷地は大部分が屋外の干し場。敷地の端に木造の作業小屋とコンクリートの水槽と井戸を備えた水場がある。

午前6時過ぎから作業が始まる。まず、数人の男性が、乾燥させたマフノリ、フクロフノリ(板布海苔の原料となる海藻。以下、原藻)を真水の水槽に入れて洗い、塩抜きをする。原藻は黒から鮮やかな赤紫に変わる。

次に、色を抜くため薬品を溶かした水槽に浸し、再び洗って薬品を落とす。原藻は茶褐色に。

この後、原藻を干し場に運び、むしろの上で天日干しする。この日はむしろが4列敷かれ、1列に約40枚が並んでいた。数人の女性が2人1組になって木枠をむしろの上に置き、枠の中に原藻を広げていく。乾燥が進むと茶褐色から白に近づく。ゴミ取り、散水、位置替えなどの作業を経て午後4時頃までに一日の作業を終えた。60~70年前の様子と変わらない昔ながらの風景という。

むしろごと取り込まれる板布海苔(いずれも三重県伊勢市で)

昨夏から板布海苔作りに参加した三重県志摩市の海女、榊原陽子さん(51)は「マフノリなどの採取に興味を持ち、ふのりが文化財の修理に使われていることも知った。貴重な板布海苔作りに自分自身が少しでもかかわれてよかった」と話した。

こうして出来上がったものが板布海苔(約140センチ×約70センチ)。この夏は5日間で約1000枚を作った。これを福井に持ち帰って商品にする。販売先は西陣織など高級絹織物の製造業者が主流だが、需要は減少している。板布海苔の生産量も以前より減った。

「原藻の採取量の減少と伊勢工場の働き手の高齢化が大きな課題。特に働き手の後継者不足は深刻で、製造の継続が危うくなってきている」と大脇社長は明かす。三重大学の学生を昨年から2人ずつ招き工場で現場体験してもらったり、この7月には地元住民対象のセミナーを東大淀町民会館で開催したりと、独自の取り組みを重ねる。

板布海苔は多くの人の助けがないと作れない。伝統文化を支える材料に関心を持つ人が一人でも増えることが生産継続のカギとなりそうだ。

ふのりの原料となる海藻の採取(長崎県で)=大脇萬蔵商店提供
純白の光沢 明治の輸出品 

明治時代に、純白の輸出用絹織物「羽二重」の生産地だった福井県勝山市。その中心市街地にある展示施設「はたや記念館 ゆめおーれ勝山」を訪ねると、羽二重の製造工程でふのりが欠かせない材料だったことがわかる。

羽二重は、たて糸を2本(二重ふたえ)にして織った白生地の絹織物のこと。しなやかで光沢があり、輸出先の欧米で染色されて女性の服や帽子の飾りなどに加工された。

同館の織田悠希学芸員は「羽二重は、たて糸にふのりで糊付けした糸を使った。たて糸にふのりをつけることで、けば立ちを防ぎ、糸に張りが出て織りやすくなり、布の品質も向上した」と説明する。

展示されている糊付機。ふのりが入った器の中に絹糸をくぐらせる

館内には、板布海苔を煮てふのりを作る釜や、糸をふのりにくぐらせる糊付機のりづけきなどが展示されている。いずれも昭和初期から平成まで実際に使われていたもの。ふのりは2度付けした。糊付機の器に入ったふのりの量を確認し、つぎ足しながら作業をした。

勝山地域は福井県内で主要な羽二重の産地の一つだったが、現在も操業しているのは1社のみという。

「羽二重」 ふのり作り育む
織物業の隆盛で創業 

大脇萬蔵商店 福井で羽二重織りが盛んになり始めた1900年(明治33年)に「布海苔商」として創業。今は化成品、食品、包装・物流資材など幅広い商品を取り扱う。板布海苔は長崎県の五島列島、対馬近海の産地や、三重県の伊勢工場で働く人たちとつながりを持ちながら製造している。

板布海苔とは

海藻のマフノリ、フクロフノリなどを原料とし、水洗い、塩抜きし、天日乾燥で漂白した製品。煮ることで、のりとしてすぐ使用できるようにしているのが特長だ。

ノリ、フクロフノリは北海道、青森、三重、愛媛、長崎などが主な産地。潮の干満により干上がったり海の中になったりする潮間帯の岩場で、春から夏にかけて成長する。機械や道具は使わずに手摘みする。養殖は難しく、採取量は年々減少している。
このうち採取量が少なく希少価値があるマフノリは糊の成分が最も強いと言われる。フクロフノリはそばの「つなぎ」やみそ汁の具材、海藻サラダなどの食用として一般的に使用されている。

(2025年9月7日付 読売新聞朝刊より)

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