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2025.10.22

【表具 新たな可能性 3】現代アートとコラボ

傷みやすい書画を掛け軸や巻物、屏風びょうぶなどに仕立てる「表具」は、中国から伝わり、日本で独自に発展した伝統技術です。主役である書画を和紙やきれ(織物)で守り、彩りを添える名脇役で、天然の糊と水によって書画の美しさを再生させることから、「水と刷毛はけによる芸術」とも呼ばれます。日本人は古来、世代から世代へと絵や書を受け継ぎ、で、尊ぶことで、日常生活を豊かにしてきました。そんな文化を培ったのが、「千年の都」京都と、「徳川将軍のお膝元」江戸です。京のみやび、江戸の粋――。それぞれの風土、美意識が反映された二都の表具の過去、現在、未来を掛け軸を通して見てみましょう。

「井上光雅堂」井上雅博さん

染織作家・前川多仁さんの現代アートを、茶会で飾る「茶掛け」に仕立てる井上雅博さん。鮮烈な色合いの中に禅語「日日是好日」が浮かぶ。掛け軸は「『湿らせて乾かす』作業を繰り返すことで丈夫になる」という(京都市伏見区で)=宇那木健一撮影

ビジュアルアーティストや染織家、陶芸家、アイアン作家、グラフィティライターに写真家――。井上光雅堂(京都市伏見区)の3代目井上雅博さん(48)は、多彩なアーティストとコラボレーションし、表具に新たな可能性をもたらす。

表具師の仕事のパートナーといえば、日本画家か書道家だった。今、アートのジャンルは多様だ。そうしたさまざまなアート作品を、現在の建築様式の中で楽しむための表具を昔ながらの素材で作る。「例えば、コンクリート打ち放しの壁にアートを飾るなら、どんな表具がいいか。それぞれの時代の暮らしや文化に合わせて発展してきたのが表具の歴史。その延長ですから、新しいことをしている意識はないんです」。控えめにそう語る。

 「パワーの強いアート作品は、飾る場所を選ぶところがあります。でも、表具を施せば、自然と場に溶け込ませることができる」

壁に描かれたグラフィティに鉄の枠を重ねて掛け軸に見立てるなど、伝統的な表具では無縁の素材にもチャレンジする。現代アートと空間を調和させる自身の試みを、表装を意味する英語 MOUNTING を使い、「スペース・マウンティング(空間表装)」と呼ぶ。

軸装「鉄掛軸」 GRAND COBRA×ZENONE
陶芸家・野口寛斉さんの平面作品は木のパネル仕立てにする

自由な発想の源流は、先輩に誘われてヒップホップのDJをしていた大学時代にある。「DJは、誰かのレコードに手を加えて空間を作ります。表具も同じ」。今も「和紙や裂を使ってDJをしているような感覚がある」と話す。

現代アートの作家とも、音楽を通じて知り合った。「家業の表具師は日本のアートを仕立てる仕事。それなら、家業を通して今の作家さんの作品を見せていったら面白いな、と」

この〔2025年〕7月、東京・銀座の「GINZA SIX(ギンザシックス)」で、作家として初の展覧会「― Line ― Masahiro Inoue」を開いた。テーマは「絵のない表具」。古文書の虫食い跡に金箔を入れたり、掛け軸や屏風の一部を切り貼りしたりするなど、和紙や織物で完結する表具作品だ。「価値がないものも、修復の技術で新たなアートに再生できる。捨てずに生かす『サステナブル』を当たり前にやってきたのが、表具師なんですよ」

表具とは

書画の周囲 裂で飾る — 6世紀初め、仏教とともに伝来 
表具は表装とも言う。書画のたるみやしわを取るため、薄い和紙を裏打ちして真っすぐにした上で、周囲をふさわしい裂で飾る。書画は、表具を施して初めて「作品」として完成する。
6世紀初め、仏教とともに中国から伝来した。経巻を仕立てたのが始まりとされ、表装した仏画が布教に使われた。手がけたのは、装潢師そうこうし経師きょうじなどと呼ばれる職人たちだ。鎌倉時代の作とされる絵巻「法然上人絵伝」からは、仏画を表具して壁にかけていた様子などがわかる。
この頃から、仏画とともにさまざまな絵や書が表具されるようになった。室町時代に入り、書院造りが広がると、仏画や花鳥画を裂で飾った掛け軸が、床の間に掛けられるようになる。書画を高価な裂で美しく装うのは、日本ならではのスタイル。明との貿易を進めた足利将軍家の唐物からものコレクション「東山御物ごもつ」には、金襴きんらんなど、華やかなきれで表装した名品が多い。
一方で、禅宗などの影響を受け、千利休が大成させた「わび茶」の世界では、絵画に代わり、高僧による墨蹟ぼくせきなど書の掛け軸が好まれた。江戸時代になると、簡素を重んじる「わびさび」、わびに明るさを加味した「綺麗きれいさび」など、茶人の美意識を反映した「好み表具」が流行。「利休表具」や「遠州表具」(大名茶人の小堀遠州)がその例だ。
寺社が集中し、西陣の織物など上質な材料が豊富な京都で、公家文化などを背景に発展。江戸幕府が開かれると、大名屋敷の造営などを通じて江戸でも広まった。京表具は1997年、江戸表具は2022年に国の伝統工芸品に指定された。

(2025年10月5日付 読売新聞朝刊より)

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