寺院や神社の一部の建造物には、ヒノキの皮で
福井県小浜市の山あいに立つ古刹・明通寺境内の森で今年3月、
樹齢80年以上に成長したヒノキの幹の表面に、内樹皮を傷つけないように木ベラを差し込み、外樹皮を
「檜皮採取の仕事は27年目。神経を集中して行うので、作業中に誤って落ちたことは一度もありません」と村岡さん。
環境にやさしい
檜皮は古くから日本固有の特殊な方法で生産されてきた。立ち木への負担を考慮し、栄養水分の流動が少ない秋から春先に採取する。剥き取った後、約10年が経過すれば檜皮は再生し、また採取できるなど自然環境にもやさしい。村岡さんは10年以上前にも明通寺境内で檜皮を採取した経験がある。その檜皮は明通寺本堂と三重塔(いずれも鎌倉時代の国宝建造物)の葺き替えに使用された。
剥き取られた檜皮は何枚も重ねてひもで結束し、一定の長さ(一般的なのは約75センチ)に裁断。さらにそれらを集め、1個が30キロとなるように調整。「丸皮」と呼ばれる俵形の束にする。
選定保存技術保持者(檜皮採取)で原皮師の大野浩二さん(60)は「檜皮葺きの仕上がりや耐久性は材料の良否に負うところが大きい。檜皮採取は檜皮葺き建造物の保存に欠くことのできない、未来に伝えなくてはならない重要な技術」と話す。
檜皮包丁で整形
一方、原皮の状態では皮が厚く、屋根に葺くことができない。ここからは屋根葺士が檜皮を製品に仕立てるため、「檜皮包丁」と呼ばれる専用の刃物で厚さや形を整える。「整形(皮切り)」と呼ばれる工程だ。
国宝、重要文化財の建造物を保存するために檜皮葺きや柿葺きの技術は欠くことができない。この伝統技術が途絶えることがないように取り組んできたのが、公益社団法人「全国社寺等屋根工事技術保存会」(京都市東山区)だ。同保存会は現在、いずれも選定保存技術である「檜皮葺・柿葺」「茅葺」「檜皮採取」「屋根板製作」の保存団体として国から認定されている。
戦後の高度経済成長期の1959年、保存会の前身である「全日本檜皮・柿葺工事業組合」が設立。74年からは、檜皮葺きや柿葺きの屋根工事技術者を養成する研修事業をスタートさせた。79年に社団法人「全国社寺等屋根工事技術保存会」が設立され、99年に「檜皮採取者(原皮師)」、2001年には「茅葺師」の養成事業を開始した。
檜皮葺きと柿葺きの技術者を養成する事業は、現在は「文化財屋根葺士養成研修」という名称で実施。1期2年間の課程で、文化財保護法や日本建築史などの座学と、材料整形や屋根葺きなどの実習がある。
活躍の場拡大が課題
今年5月に始まった葺士養成研修が26期目。現在、3人の研修生が京都市内の文化財建造物保存技術研修センターなどで学び続けている。これまでの25期で課程を修了した研修生は延べ100人。このうち54人が現在も屋根葺士として活躍している。同保存会に登録する原皮師は25人。
同保存会の友井辰哉会長(53)は「檜皮葺き、柿葺きの技術を伝える文化財屋根葺士はこの50年、順調に育成することができた。屋根葺士の活躍の場を広げていくことがこれからの課題だ」と話している。
◆檜皮葺きとは… ヒノキの皮重ねて葺く 2020年、ユネスコ無形文化遺産に
檜皮葺きとは、ヒノキの皮を重ねて屋根を葺く工法だ。なだらかな部分に使う檜皮のサイズは一般に長さ約75センチ、厚さ約1.5ミリ。檜皮葺きの建物は、立地条件や屋根の形状によって差はあるものの、30~40年で傷みが大きくなるため、その都度、葺き替え工事を行っている。
檜皮葺きによく似ている屋根に「柿 葺き」がある。板葺きの一種で、サワラ、スギなどの薄い割り板(厚さ約3ミリ)を重ねて葺くものだ。厚さの違いで「栩 葺き」(同1~3センチ)などの名称がある。柿葺きは檜皮葺きと同じく入念に施工された仕上がりは優雅で、繊細な上品さが漂う。
ススキやアシなどの草を使うのが「茅 葺き」。一般民家や茶室などに用いられた。
国宝・重要文化財に指定されている建造物は5532棟(2025年3月1日)。2019年3月の調査によると、このうち檜皮葺きは823棟、柿葺き・栩葺きは369棟、茅葺きが408棟。総棟数の約3割がこれらの伝統的な屋根葺き工法によって維持されている。
20年には「檜皮葺・柿葺」「茅葺」「檜皮採取」「屋根板製作」がユネスコ無形文化遺産として登録された。
(2025年7月6日付 読売新聞朝刊より)
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