寺院や神社の一部の建造物には、ヒノキの皮で
鶴岡典慶・京都女子大学教授(日本建築史・文化財修復)
日本に古くから伝わる檜皮葺きや柿葺き、茅葺きなどを植物性屋根と呼んでいる。こうした植物性の屋根材のうち、茅葺きはヨーロッパなど世界にも存在するが、檜皮葺きと柿葺きはわが国特有の技法で、先人たちの優れた感性が作り出した芸術作品だ。
檜皮葺きは、奈良時代には既に存在し、その繊細で優美な曲線を生み出す技術により、最高級の屋根と言ってよいだろう。もともとは神社や宮殿で使われた。瓦屋根が主だった寺院でも、美しい屋根を造り出すため後に採用されたと考えられる。
約50年前、檜皮採取や檜皮葺きの職人の後継者不足から高齢化が進み、伝統技術の継承が危ぶまれることがあった。寺社の屋根工事にかかわる事業者が保存会を結成して研修会を開き、後継者育成の取り組みを始めた。その結果、現在では人材が育ち、檜皮を確保できるまでになった。
ところが現代では、せっかく育成した職人の活躍の場が少なくなってしまった。
60年以上前の日本では文化財の指定・未指定を問わず地域の神社の多くが檜皮葺きだった。檜皮葺きは30~40年ごとに葺き替える必要があり、神社を護持していくために、当然のこととして地元住民や氏子などの寄進により実施されてきた。
しかしこの間、寺社の保存体制の変化と、耐久性やコストなどの面から、銅板葺き屋根に変わり、現在、檜皮葺き屋根にかかわる仕事は国宝、重要文化財などの指定物件頼みになりつつある。だからと言って指定物件は急には増えない。
一般に、職人の裾野が広がらないと、優れた技術も残せないと言われる。職人の仕事が増えれば、互いが
私は「寺院や神社を訪ねたら、ぜひ屋根を見上げてほしい」と申し上げたい。舞台造りで眺望のよいことで知られる京都・清水寺本堂も檜皮葺き屋根。その優美な曲線を鑑賞してほしい。 檜皮葺き屋根について、私たち一人ひとりが世界の人たちに誇りを持って紹介できるようになれば素晴らしい。檜皮葺きへの関心の高まりによって、職人の皆さんの活躍の場が広がることにつながればと期待している。
照りむくり屋根「職人が思い込め」
奈良時代の創建と伝えられ、観音霊場として多くの参詣者を集める古刹。「清水の舞台」で名高い本堂は何度も火災に遭い、現在の建物は1633年(寛永10年)に再建された。
中心の建物は寄せ棟造り。これに側背の3面に
寄せ棟造りの部分の屋根面には、端に向かって反り返る「照り」と、上に向かって盛り上がるように曲線を描く「むくり」がある。「照りむくり屋根」と呼ばれる優雅なものだ。
現在の屋根は2017年1月から葺き替え工事を始め、20年3月に完了した。通常の檜皮よりも長く、厚みのある檜皮(長さ約97センチ、厚さ2.1ミリ)を用いることによって、耐用年数を通常(約40年)よりも延ばす工夫を試みた。江戸時代中期の修理記録を参考にした。
清水寺の森清顕執事(48)は「檜皮葺き職人の思いが込められた屋根と感じている。屋根を見上げ、『これってどうやって造ったのだろう?』と思ってもらえたらうれしい」と話している。
現在の本殿・拝殿は室町時代の1425年の再建。今年は再建600年の節目にあたる。
本殿は同じ大きさの入り母屋造りの屋根を前後に並べ、それらの周囲に庇をめぐらせた「
本殿の前方に立つ拝殿は、切り妻造りの主屋の正面・両側面の三方に瓦葺きの裳階をめぐらせ、本殿に接続させている。
全体として規模が大きく、意匠、構造はほかに例をみない独創的な建築で、室町時代を代表する名建築の一つに数えられる。2004~08年に葺き替え工事が行われた。
形状異なる四隅 今春新しく
鎌倉時代建立の住宅風仏堂。この春、約25年ぶりの葺き替え工事が完了し、3月に落慶法要が営まれた。
主屋は入り母屋造りだが、両側面には奥行きの異なる脇間が付く。左右非対称の平面を檜皮葺き屋根が一つにまとめている。
現在、不動堂正面の向かって右手に、葺き替え工事の経過や檜皮葺きについて日本語と英語で解説した案内板が設置され、熱心に見入る外国人参詣者の姿が後を絶たない。
高野山霊宝館の担当者は「形状が異なる四隅の屋根を、
現存では最古級 来年度葺き替え
2026年度に葺き替え工事が行われる。高さ約16メートルで、屋外に立つ五重塔では最も小さい建造物として知られる。
平安遷都後まもない800年頃の建立と推定され、当初は板葺きだったことが判明している。檜皮葺き屋根を持つ現存する建物では最も古いとみられる。
1998年9月の台風による倒木が西北側の五重の屋根を破壊した。約2年をかけて修復され、2000年10月に落慶法要が営まれた。葺き替えには、同寺境内のヒノキから採取した檜皮を使用した。
来年度の葺き替えはそのとき以来となる。
四隅 伸び伸び反り上がる
観音堂(仏殿)、開山堂ともに室町時代の建築。禅宗様の手法が採用され、屋根の四隅は伸び伸びと反り上がる。
観音堂は入り母屋造りの主屋の下に、裳階がめぐる。主屋の屋根と裳階の屋根のバランスが絶妙だ。屋根が建物全体にどっしりとした安定感を生み出している。
開山堂は手前の外陣と後方の内陣を「相の間」でつないだ独創的な形式の建物。外陣、内陣ともに入り母屋造りで、内陣には裳階がめぐる。 2009年から12年にかけて約30年ぶりに葺き替えが行われた。
◆檜皮葺きとは… ヒノキの皮重ねて葺く 2020年、ユネスコ無形文化遺産に
檜皮葺きとは、ヒノキの皮を重ねて屋根を葺く工法だ。なだらかな部分に使う檜皮のサイズは一般に長さ約75センチ、厚さ約1.5ミリ。檜皮葺きの建物は、立地条件や屋根の形状によって差はあるものの、30~40年で傷みが大きくなるため、その都度、葺き替え工事を行っている。
檜皮葺きによく似ている屋根に「柿 葺き」がある。板葺きの一種で、サワラ、スギなどの薄い割り板(厚さ約3ミリ)を重ねて葺くものだ。厚さの違いで「栩 葺き」(同1~3センチ)などの名称がある。柿葺きは檜皮葺きと同じく入念に施工された仕上がりは優雅で、繊細な上品さが漂う。
ススキやアシなどの草を使うのが「茅 葺き」。一般民家や茶室などに用いられた。
国宝・重要文化財に指定されている建造物は5532棟(2025年3月1日)。2019年3月の調査によると、このうち檜皮葺きは823棟、柿葺き・栩葺きは369棟、茅葺きが408棟。総棟数の約3割がこれらの伝統的な屋根葺き工法によって維持されている。
20年には「檜皮葺・柿葺」「茅葺」「檜皮採取」「屋根板製作」がユネスコ無形文化遺産として登録された。
(2025年7月6日付 読売新聞朝刊より)
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