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2024.9.11

【火祭り1 山梨・吉田の火祭り】富士の噴火 鎮める大松明

夏の富士登山の終わりを告げる「吉田の火祭り」(2024年8月26日、山梨県富士吉田市で)

松明たいまつに赤々と燃え盛る炎が長い帯になる吉田の火祭り(山梨)、市街地を取り巻く山々に文字や形が浮かび上がる京都五山送り火、傘から舞い落ちる華麗な火の粉が印象的なからかさ万灯まんとう(茨城)――。一口に「火祭り」と言っても由緒も形態も様々だ。地元住民はもちろん、観光客にとっても心躍る季節の風物詩となっている。一方、各地で担い手不足が深刻に。祭りの材料確保など継承に向けた課題も多い。石川県の能登半島各地に伝わるキリコ祭りは、元日の地震により大きな影響を受けた。

山梨県富士吉田市上吉田地区の表通り、通称「富士みち」では、毎年8月26日の夕闇迫る頃、高さ3メートルの大きな松明100本以上が次々に立てられ、一斉に点火される。通りを埋め尽くす見物客の熱気と、赤々と燃えさかる松明の火が町を包む。富士山の噴火を鎮める伝統行事である鎮火祭は「吉田の火祭り」と呼ばれている。

同地区の北口本宮冨士浅間神社と諏訪神社両社の祭礼で、7月1日の「お山開き」に対し、「お山じまい」の祭りとして行われる。松明への点火に先立ち、富士山形の大きな神輿みこしが富士みちなどを勇壮に渡御する。

火祭りの由緒はいくつかあるが、富士山の女神「木花開耶姫命このはなさくやひめのみこと」が、猛火の産屋の中で3人の子どもを無事に出産したという神話も伝えられる。

上吉田の町が新しく作られたことを記録した中世の文書には諏訪神社の神輿が通る道のことが記載され、この祭りは少なくとも450年以上の歴史があることがわかっている。2000年に「吉田の火祭」として国の選択無形民俗文化財となり、12年には重要無形民俗文化財に指定された。

タケノコ形の松明が、南北2キロにわたって炎の帯をつくる「吉田の火祭り」(8月26日、山梨県富士吉田市で)=横山就平撮影

「火祭りを強く印象づけるのは、南北に約2キロにわたって炎の帯をつくる大松明でしょう。多くの見物客が目を見張ります」と北口本宮冨士浅間神社の田辺将之禰宜ねぎは語る。

大松明はタケノコ形の独特の形状をしており、薪には赤松が使われる。今年〔2024年〕は氏子青年会のメンバーが6月から市内の屋内施設で製作を始めた。大松明の製作本数は、毎年の奉納者の数によって違いがあるという。

田辺禰宜は「火祭りは(コロナ禍で)2020年のみ中止としたが、それまでは風や雨がどんなに強くても日にちを変えずに続けてきた。しかし、これからは赤松の確保や松明を製作する技術の継承が大きな課題となることがわかっている。火祭りを未来に残していくためにも、多くの人の知恵を結集したい」と語った。

(2024年9月7日付 読売新聞朝刊より)

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