洋風建築は明治時代初期の文明開化と共に急速に地方に伝わった。具体的には小学校や県庁舎などの公共的な建物から始まった。擬洋風建築の建設に力を注いだことでは山梨県令（県知事の前身）・藤村紫朗しろうや山形県令・三島通庸みちつねらが知られている。現代に残った擬洋風建築を将来に伝えるには、建物の適切な維持・管理に加え、だれもが親しめる活用法がカギを握る。

山形市の霞城かじょう公園内に立つ旧済生館本館は、旧開智学校校舎と並び、特異な容姿を持つ擬洋風建築の双璧と言われる。初代山形県令・三島通庸の洋風建築奨励を背景に1878年2月に着工、同年9月に完成した山形県立病院だ。太政大臣三条実美さねとみにより「人の命を救う館」を意味する「済生館」と命名された。

市民に愛されて

「山形市のシンボル的な建物。木造4階建てなのですが、外観は3層に見えるため、市民からは親しみをこめて『三層楼』と呼ばれています」と山形市文化創造都市課文化財担当の田辺政則さんは話す。

建物の構造は複雑だ。1階の正面玄関は変形の八角形で屋根は瓦ぶき。背面には中庭を取り囲むように十四角形の回廊が環状に巡る。これに沿って八つの部屋が造られ、それぞれ診察室などに使われた。

2階は正十六角形の大広間。3階に通じるらせん階段がある。2階以上は亜鉛板ぶき屋根。

3階は正面に設けられたバルコニー付きの小部屋。最上階の4階は塔屋で正八角形。塔屋の外側を1周できるバルコニーがある。

戦後になって老朽化が著しくなり、一時は解体することが決まった。しかし市民から反対の声が上がり、当時の市長が文化庁に調査を依頼。その結果、歴史的価値が認められ、1966年に重要文化財に指定された。

これを契機に中心市街地から現在地への移築が決まり、昭和の宮大工職人たちが2年5か月をかけて復元、69年に移築修理工事が完了した。71年から山形市郷土館として1、2階部分が公開されている。

田辺さんは「旧済生館本館は擬洋風建築としての魅力のほか、当時の医療器具などを展示するたいへん珍しい施設。多くの人に訪れてもらいたい」と話す。

山形県にはほかにも旧西田川郡役所、旧鶴岡警察署庁舎（いずれも鶴岡市、重要文化財）など擬洋風の名建築が残っている。

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明治初期に全盛　擬洋風建築

「新時代の建築目指す　創造の結果」　

擬洋風建築とは何か、信州大の梅干野ほやの成央しげお准教授（45）（日本建築史）＝写真＝に聞いた。

「擬洋風建築」とは明治時代（1868～1912年）の初め、それ以前から日本の建築文化の主体であった大工らが、伝統的な建築の文化をもとに造った洋風建築を指す。

日本には、建築に関する高等教育機関が1877年に整えられ、外国人の建築家から西洋式の建築の造り方を習い、日本人の建築家が養成されていく。一方、擬洋風建築はこれとは全く異なり、近世以前からの連続性が極めて強い、大工の近代化の中で造られてきた建築と言える。

擬洋風建築は、よく「見よう見まねの建築」と言われ、場合によっては本格的な洋風建築ではないまねごとと揶揄やゆされることがあるが、私は日本の建築の近代化を物語る極めて重要な建築と理解している。洋風建築を模範としながらも、それまでに蓄積された建築の伝統との摩擦の中で、新しい時代の建築を表そうとした創造の結果と捉えている。

擬洋風建築によく見られるのが屋根中央の塔屋と、2階のバルコニー。文明開化という新しい時代の建築であることを表現するために採用したのだろう。

擬洋風建築は外国人居留地の建築や1868年の築地ホテル館の建設などに始まり、明治10年代までに名建築が各地で建てられ、全盛期を迎えた。しかし20年代頃から本格的な建築教育を受けた日本人建築家が登場すると、大工に代わり公共建築などで活躍の場を広げた。こうして擬洋風建築は時代の一線から退いたものの、その後もなお生き続け、日本の近代を彩った。

各地に現存する擬洋風建築には学校建築が多い。その背景には、母校への愛着を持つ人たちが大切に守り伝えてきたことがある。一方、建物への愛着や誇り、関心を持つ人がいなくなると、建物の継承は困難になる。

擬洋風建築を将来に守り伝えていくために、定期的な建築の維持・管理はもちろん、子どもたちの教育の現場として活用したり、様々なイベントに利用したりと、建物に親しむ機会をつくり続けることが大切だ。

（2024年10月6日付　読売新聞朝刊より）