鑑賞、盗難対策、共生社会づくり――。複製の目的は多岐にわたっている。時には複製品が修復の手助けとなることもあり、文化財保護の観点で重要な役割を果たしている。文化芸術に親しむ上でも、鑑賞者と作品との距離を縮めてくれ、その技術の高さを改めて知る機会にもなる。複製という行為の背景には、本物に対する大きな敬意や関心があると言えるだろう。
文化財複製の分野で、“和歌山モデル”として注目を集める取り組みがある。
和歌山県立博物館では2012年度から、3Dプリンターで作った複製の仏像や神像を「お身代わり」として寺社に安置し、本物は博物館で保管する活動を行っている。制作には和歌山大の学生や県立和歌山工業高校の生徒が協力し、これまで県内22か所の寺社に40体を奉納した。
背景にあるのは相次ぐ盗難被害だった。過疎・高齢化が進む地域では住職や宮司らが不在の寺社も多い。近年の仏像人気の高まりで、和歌山県内でも無人の寺社から仏像や神像を盗み、古物商などに売る犯罪が多発していた。
同館で学芸員として勤務していた大河内智之・奈良大准教授(日本彫刻史)は「地域で文化財を守るのが困難な状況の中、地元の博物館としてできることを考えた」と振り返る。
活動の開始当初は「信仰の対象が複製でいいのか」という疑問の声が上がることを懸念していたという。だが、地域の人たちはお身代わりの仏像や神像を歓迎してくれた。「若い人が関わり、新たな地域の歴史を作る『物語』として受け入れられた。緊急避難的な取り組みとして始めたが、今も良い形で継続できている」と、大河内准教授は強調する。
今年3月には、田殿丹生神社(有田川町)で木造神像(12世紀)のお身代わりが奉納された。春祭りなどの機会に住民に披露され、同神社の嶋田博文宮司は「神社の歴史に関心を持ってもらう機会になった」と話す。
大河内准教授から活動を引き継いだ島田和・同館学芸員は「他県からの問い合わせも多く、活動が認知されてきた実感がある。和歌山と同じ問題を抱える地域は多いと思うので、同様の取り組みが各地で広がってくれれば」と願っている。
(2024年6月2日付 読売新聞朝刊より)
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