鑑賞、盗難対策、共生社会づくり――。複製の目的は多岐にわたっている。時には複製品が修復の手助けとなることもあり、文化財保護の観点で重要な役割を果たしている。文化芸術に親しむ上でも、鑑賞者と作品との距離を縮めてくれ、その技術の高さを改めて知る機会にもなる。複製という行為の背景には、本物に対する大きな敬意や関心があると言えるだろう。
神奈川県鎌倉市の鎌倉五山の一つ、建長寺に〔2024年〕4月、江戸時代築の重要文化財「仏殿」のブロンズ模型が設置された。目の不自由な人にさわって建物の形がわかる喜びを、目が見える人には鳥瞰図のような視点を感じてもらおうと制作した。さわれる歴史的建造物の模型が全国に広がっていくことを関係者は期待している。
模型は同県葉山町の「ユニバーサル絵本ライブラリー・ユニリーフ」が企画。大下利栄子代表(64)は、2歳の時に失明した娘(27)を持ち、絵本に透明点字シートを付ける活動を通して、障害の有無を問わず共生できる社会を目指している。「修学旅行で国宝や重要文化財がある寺社を訪れても、目の不自由な子どもには心に残るものがない」との訴えに建長寺も共感し、模型の設置に協力することになった。
仏殿は建長寺の本尊・地蔵菩薩坐像を安置する禅宗様の建物。13世紀の創建から4代目と言われ、東京・芝の増上寺にあった徳川秀忠の妻・お江の霊屋を譲り受け、1647年に移築した。
模型は50分の1サイズで、模型制作に協力するメンバーが3Dデータを使って樹脂製の模型を制作した。その後、屋根、軒下の部材、壁や柱、扉や窓などに分けて鋳造。軒下の垂木と呼ばれる細かい部材を手作業で削り出すなどして精巧に再現した。費用はクラウドファンディングで400人以上から協力を得た。
大下代表は、ポルトガル旅行の際に世界遺産建造物のさわれる模型を知り、その発祥地・ドイツを始め欧州60都市で120以上のブロンズ模型を確認した。一方、日本にある模型は、さわることを禁じているものがほとんどという。
建長寺の模型には、修学旅行生や外国人旅行客などから驚きや感動の声があがっている。大下代表は「目の不自由な人はじっくりさわることで建物を感じ、思い出に残す。さわれる歴史的建造物の模型への関心が高まってほしい」と語った。
(2024年6月2日付 読売新聞朝刊より)
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