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2023.5.27

消失の危機を幾度も免れ…滋賀・園城寺(三井寺)ゆかりの僧、円珍の関係文書がユネスコ「世界の記憶」に登録、7月2日まで一部を公開

円珍ゆかりの「過所」の複製や国宝の木像写真とともに記念撮影に応じる福家長吏(左)ら(大津市で)

大津市の園城寺おんじょうじ三井寺みいでら)ゆかりの智証ちしょう大師だいし円珍えんちん(814~891年)が9世紀、留学先の中国・唐から持ち帰るなどした古文書類が、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」に登録されることが決まり、25日、三井寺が記者会見した。焼き打ちや寺領没収など度重なる危機に見舞われたなかで、僧侶らが命がけで守り抜いた貴重な古文書類に改めて光が当たる。

三井寺は、登録が決まった計56件の史料群のうち、円珍が唐の役所から交付された通行許可書「過所」を含む「智証大師関係文書典籍」(46件、国宝)、密教の教えを図像で説いた「五部ごぶ心観しんかん」(1件、国宝)と、そのほとんどを所有する。

境内の光浄院客殿で記者会見した福家俊彦長吏は「大変名誉なこと」と喜びを語った。2015年、寺単独で過所の登録を目指したが、国内選考に漏れた経緯があったと説明。昨年11月、国宝に指定されている円珍関連の他の文書類をひとまとめにし、「8年越し、2回目の申請で認められた」と振り返った。

円珍の文書類を「日本の仏教文化の発展に大きく寄与したのはもちろん、日中両国の文化交流の様子を物語る史料を残した」と紹介。「登録は、円珍の業績を世界に伝えられる機会になる」と期待した。

同席した県文化財保護課の井上優課長補佐は、史料群の保存修理の取り組みに触れ、「膨大な古文書典籍の様々な部分に円珍の息づかいが感じられる。しっかり修理をし、後世に残すために、県、大津市などで力を合わせていかねばならない」と述べた。

三井寺は境内の文化財収蔵庫で7月2日まで古文書類の一部を公開(入山料と入場料300円が必要)。大津市御陵町の市歴史博物館でも同月4~30日、企画展「三井寺の唐時代のパスポート」と題し、一部を展示する予定だ。また、福家長吏は同月27日、大津市打出浜の「コラボしが21」である文化財講座で、「智証大師円珍の足跡と『世界の記憶』」と題して講演する。

吉報を受け、滋賀県の三日月知事は「県民にとっても大きな喜び。国際友好や文化交流の歴史が未来へ伝えられ、地域の文化や観光の振興に一層貢献していくと期待する。貴重な文化遺産が末永く受け継がれていくよう、支援を続ける」との談話を発表。大津市の佐藤健司市長は「歴史遺産の数々が受け継がれてきたのは、園城寺のご尽力のたまもの。登録は文化財保護や継承に携わる方々の活動に大きな弾みになる」とのコメントを出した。

「後世に残す強い責任」 修理を担当する「坂田墨珠堂」の技師ら

「世界の記憶」に登録された文書を修理する嘉門さん。裏打紙を慎重に剥がしている(大津市で)

「1100年前の文書を次の時代につなぐ強い責任を感じる」――。円珍関係の文書類は虫食いなどの傷みが目立ち、2023年度から文化庁、宮内庁と読売新聞社が連携して文化財の保全活動に助成する「紡ぐプロジェクト」の対象として、大津市小野の文化財修理工房・坂田墨珠堂の技師らが慎重に作業を進めている。

同社は、文化財の保存修理を行う全国12社でつくる国宝修理装潢師そうこうし連盟加盟の工房。文書を扱う部屋で、主任技師の嘉門一彦さん(45)らが黙々と作業台に向かう。

終戦後すぐの前回修理で文書(本紙)に貼られた裏打うらうち紙を剥がし、虫食いなどで欠けた部分の形に合わせて補修紙を貼るなどしている。

作業では、裏打紙に湿気を含ませて糊を緩める。指先に神経を集中させ、台の下からLEDライトで照らしながら、ピンセットを使うなどして少しずつ紙を取り除いていく。本紙の品質を意識しながら、新たに貼る補修紙を選び、糊の質にもこだわる。

「紙と墨だけで残ってきた文書。自分たちがやりとりしている電子データが1000年以上も残るだろうか」と嘉門さんは文書を見つめる。同社会長の坂田雅之さん(65)は「信仰の対象でもあり、守ってこられた人々の気持ちがこもっている」と話す。

修理の仕事を20年余り続けている嘉門さん。「文書に触れられるのはすごいこと。昔の人も、当時の技術で後世に残そうと努力した。私たちの修理も何百年か後に評価がなされるはずで、今、最善の努力をしたい」と気持ちを引き締める。

(読売新聞大津支局・名和川徹)

(2023年5月26日付 読売新聞朝刊より)

「紡ぐプロジェクト」で2023年度から国宝「智証大師関係文書典籍」の修理を助成しています
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